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   波紋ノ作ル「何か」



 そろそろ寝ようかな、とルルーシュが自室で伸びをして、ベッドに入った時。
 ノックの後部屋に入ってきたロロの言葉に、ルルーシュは表情にはださずに唖然としていた。
 確かに、自分達は兄弟だ、とルルーシュは言った。ロロとの一年間は、自分にとってかけがえのないものだったと。
 だがまさか、ルルーシュが記憶を取り戻したこの後に及んで、枕を抱えたロロに「一緒に寝てもいい?」と言われるとは思っていなかった。
 記憶を失っていた一年間の間には、ロロと何度も枕を並べた。
 拒否するわけにもいかない。ルルーシュが完璧に優しく微笑んで、
「勿論。遠慮しなくていい」
 と言うと、若干緊張した面持ちだったロロは安堵の表情を浮かべて、ルルーシュのベッドに入り込んできた。
 かつては、ベッドに入ってからは学校の話などを延々としたものだったが、この日は一言おやすみ、と言っただけでロロは目を閉じてしまう。
 微笑みの仮面をつけてロロを迎え入れる自分も、記憶を取り戻したルルーシュと一緒に寝ようとするロロも大した性根だと思いながら、ルルーシュはロロが寝付くまでは、ロロと顔を向かい合わせていた。
 ロロの寝顔を見つめながら、思う。
 記憶を取り戻したことで、ロロヘの感情の本質はがらりと変わった。
 愛しすぎた弟は、搾取する対象へ。
 当然のようにロロに向けていた表情は、全て演技の産物へ。
 ロロの一挙一動を愛情ゆえに見つめていた視線は、監視する為のそれへ。
 ロロの中でもルルーシュの存在は変わっている筈。表面上は以前のように接してはいても、前以上にルルーシュの言葉や行動に敏感になっているだろう。記憶を取り戻した以上、何もかもが全く同じということは有り得ない。
 ロロもルルーシュも、変わったのだ。
 そんな中でも、変わらないものもあるんだな、とルルーシュは半ば感心する。
 目の前にある、ロロの寝顔は、ルルーシュの記憶が戻る前と後で、変わっていなかった。
 無防備な、寝顔。
 ロロがルルーシュをそれ程信頼しているというのなら、ルルーシュにとっては都合がいい。
 だが、とルルーシュは考える。
 兄弟だった一年間があるとはいえ、その前は赤の他人だった男と(しかもその男は暗殺する筈だった反逆者だ)、枕を並べて眠れるものだろうか。

(否。そういう考え方では駄目だ)

 ルルーシュには心の支えとなるものがある。たとえ物理的に距離が大きかったにしても。
 ロロには、ルルーシュしかいない。
 ルルーシュ以外を選ぶ道は、既に閉ざされている。
 そういう状況を望み、追い込んだのはルルーシュ自身であって、この状況は歓迎すべきなのだ。

 それなのに。

 ほんの数日前まで無邪気に笑っていた弟が、帰る所も無く、ルルーシュのようにロロを食い物にしようと牙を研いでいる存在に身を寄せなければいけないという、この現実。
(憐れみか、これは)
 自分の中に今、起こっている感情に、ルルーシュはあえて「憐れみ」と名をつける。 
「……!」
 無意識にロロの肩の方へ動かしていた自分の手が視界に入って、ルルーシュは手を引っ込めた。
(何をしようとしていたんだ。俺は)
 ルルーシュはロロに背を向ける。
 情けなど。
 ナナリーだけが享受することを許されるルルーシュの愛情を、掠め取った行為に対する罪は償ってもらう。当然ではないか。
 ルルーシュはシーツに爪を立てる。
 忘れるな。ロロヘの憎しみを。それだけが、自分を正しい方向へと導く。他の感情をロロへと抱けば、壊れるのは自分だろう。そして、そんな事態を招く気はさらさら無い。
「兄…さん…」
 ルルーシュの心臓が飛び跳ね、目が限界まで見開かれる。身体を動かすことなく、声もあげなかった自分を褒めてやりたいぐらいだった。
 悲しみに掠れたようなロロの声が耳元から聞こえた、と思った時には、ルルーシュはロロに背中から抱きしめられていたのだ。
「ロロ…起きてたのか…」
 動揺を隠しながらルルーシュが訊くと、
「兄…さん…」
 ロロはルルーシュの寝巻きの胸元を、ぎゅ、と握る。
 その声は、今ここにいるルルーシュに向けられたものではないようだった。
(寝言、か…)
 縋るようなロロの声が、ルルーシュの心に何度も何度も反響した。
 
 ロロには、ルルーシュしかいない。
 夢の中でさえ、ロロはルルーシュにしか縋れない。

 ロロに抱きしめられて巻き起こった、憐れみではない感情に、ルルーシュは名前をつけることが出来なかった。

*   *   *

 相手が起きているのか、寝ているのか。
 気配を読むことに長けていたから、目を閉じていても、ロロにはそれが容易に知れた。
 寝たふりが妙に得意になってしまったのは、枕を並べている時、ロロが寝たことを確認しないとルルーシュが寝ないことに気づいたからだ。記憶が戻る以前、ロロが寝付くまで、ルルーシュはロロの肩を抱き寄せてくれていたのだ。

 ルルーシュの記憶が戻ってから初めて、ロロはルルーシュに、一緒に寝てもいいかと、尋ねてみた。微笑んで了承するルルーシュに安堵しながらも、ベッドに入ってから、ロロは落胆した。
 寝たフリをしながらも、ルルーシュが起きていることはわかっていたし、ルルーシュの視線が自分に向いていることにも気づいていた。
 それなのに、今まで当たり前のようにロロの肩の上にあったぬくもりと確かな重さが、ルルーシュから与えられることはなく。
 以前と全く同じでいられるとは、思っていなかった。それでも、ひょっとしたら、と胸に抱いていた淡い期待は見事に裏切られた。
 お互いに、何も変わらずにいるのは、不可能。
 普通の状態でおいてさえ、人の心は、結んだ関係は、刻々と変化していく。
 自分がルルーシュを騙し、本来は赤の他人であるという事実が白日に元に晒された以上、何も変わらない方がおかしい。

 やがて、ルルーシュがロロに背を向けたのが気配でわかり、ロロは目を開いた。
 以前は、ルルーシュが寝てしまってから、寝返りをうつということはあったが、少なくとも、寝付いていないルルーシュがロロに背を向けることはなかった。
 背を向けるルルーシュの気配から、彼が起きているということがロロにはわかる。
 ロロの瞳が震えた。
 こうして、変わっていく。大切な、色々なものが。
 これまでは、ただ、優しい陽光のように降り注ぐルルーシュの愛情を身に受けいてれば良かった。その暖かさに顔を綻ばせてさえいれば。
 これからは、違うのだろう。
 自分から求めなければ、手に入れようとしなければ、欲しいものは、得られない。
 ロロがいなくなっても、ルルーシュにはナナリーがいる。
 ルルーシュがいなくなったら、ロロには何も残されない。
 ならば、動かなければいけないのは、自分に他ならない。
「兄…さん…」
 ロロは、ルルーシュを背中から抱きしめた。
「ロロ…起きてたのか…」
「兄…さん…」
 わざとうわ言のように、掠れた声で言う。
 知っている。寝言で呼ばれる名を聞いた時、それが己の名前であるか、他の者の名前であるかで、疼く感情に決定的な違いがあることを。
 そして、夢の底に横たわるその人に、自分の名前を呼んでもらえることで、どれだけ心が震えるのかを。
 震える琴線が何処であっても、ロロは構わなかった。
 憐れみであっても、いい。
 少しでも、自分がルルーシュの世界に波紋を広げることが出来るなら。
 其処から必ず、何もしなかったら絶対に生まれてこなかった何かが、生まれてくる。
 生まれた何かが、吉と出るか凶とでるかは、わからない。
 それでも、何もせずにルルーシュを手放さすつもりは、毛頭なかった。
「兄、さん…」
 ルルーシュの髪に、ロロは顔を埋める。
 ルルーシュが、今、何を考えているのか。それを知りたくてたまらなかった。こうして抱きしめているだけで、愛しくて、欲しくて、それでいて安心感を与えてくれる存在が、自分をどう見てくれているのかを。
 ロロは、ギアスを発動した。
 体感時間を止めたルルーシュの表情を見てみたいとも思ったが、それは思い止まる。
 代わりに、ルルーシュの寝巻きを指先で、くいっと下げて、うなじを露にする。
 霧深い森のような未来を見据えながら、せめて、目に見えるものを、残したかった。
 ルルーシュの首に顔を埋め、ギアスの効果が切れるぎりぎりまで、ルルーシュの薄い肌に赤い痕がつくように、軽く歯を立てて、きつく吸い上げる。
 ルルーシュの肌に残された赤い印がついたのを確認してから、寝巻きを元に戻し、ギアスをかける前と同じようにルルーシュを抱きしめた。
 元の関係に戻れないのならば、今の関係に満足できないのならば、自分で違う方向に進めるしかない。
 愛して欲しい。
 それが無理だというなら、何もかもを燃やし尽くすような憎しみでもいい。
 無関心でさえ、なければ。
 自分が最も恐れるのは。自分のギアスの持つ本質そのもの。
 どんなに自分が語りかけても、行動しても、愛しい相手の魂に何も影響を及ぼさない、世界。
(僕は、ここにいる)
 ルルーシュに、自分の体温を、全身に感じて欲しかった。
 確かに、ロロがここにいるのだと。
 その結果生まれてくる何かが、どのようなものであっても。

 ロロは、ルルーシュを抱きしめたまま、眠りについた。




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 ルルーシュは固まったまま朝まで眠れないわけです。

書く時に使ったBGM
・『ハルトゼーカーの小人 ~ 少女曰く天使』vocal: RIKKI
・『Prisoner of love』 vocal:Utada Hikaru

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現在のお礼SS:ロロルルロロ一本。
効能:管理人のMP回復。感想一言頂けるととても喜びます。
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