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ありがとう。
枢木 vol.3 ― 誰かを救った思いやり
スザクが去った後。
ルルーシュが自室のベッドに座り、鎮静作用のある薬を含ませたガーゼを目の下に当てていると、ロロが部屋に入ってきた。
「…痛むの?」
ロロは心配そうに尋ねながら、ルルーシュの隣に座る。
「痛くはない。やりすぎて腫れただけだから」
涙の塩害は馬鹿にならない。泣きはらした後、肌が弱い人間が何もせずに放っておくと、しばらく痕がとれなくなってしまう。
「そう…でも…良かった…」
ロロは安堵の息をつきながら、ルルーシュの肩に寄りかかる。
「僕…もう駄目かと…」
「…心配かけた」
ルルーシュはロロの肩を抱き寄せた。
ロロには本当に、心配をかけてしまった。
ロロを泣かせてしまったことを思い出しながら、
「『役に立ってない』なんてこと、ないからな」
ルルーシュは唐突に言う。
「…ん?」
「…多分、ロロがいなかったら、俺はスザクと寝ていた。だけど…」
自分さえ我慢すればいいと思っていた。
己の感情に、全て、蓋をして、押さえつけて。
それさえ出来れば、スザクと寝てしまうのが一番ラクな方法でもあった。
思い出したくなかった。
屈辱も、悲しみも、憎悪も、全て、その奔流を辿れば、源には自分がいることを。
かつて愛し合った人との関係を引き裂いたのは、この、己の手。
相手の心に取り返しのつかない、圧倒的な暴力を行使したのも、結局は、自分。
因果応報として、その全てが己に跳ね返って来るだろうということはわかっていた。
それでも、実際にスザクによってその権利が行使された時、自分の心は悲鳴を上げた。
スザクと正面から立ち向かおうとすれば、必ず直視しなければいけない、現実。
全ての元凶に自分がいるとわかっていながら、自分を売ったスザクへの憎しみが溢れ出てくるのを、止められない。
そして、この事態を引き起こした自分が、お門違いにもスザクを憎むのが許せない。
だが、最初から、自分のやったことについて、間違っているとは思っていないし、誰にも謝罪する気はない。
生きれば生きるほど、己の業は重さを増していく。
そんな中で、己が相手の心を引き裂いた瞬間、そして相手に自分の心を引き裂かれた音を、また聞きたくなど、なかった。
スザクと真正面から激突すれば、自分への憎悪が噴出するのを抑えられなくなる。
だから、スザクに立ち向かわず、流されるままに寝てしまえば、それでいいのだと思っていた。
『自分さえ、我慢すれば。』その言葉は、ただの言い訳で、結局は、逃げていただけだった。
「今日、屋上でロロと話して思ったんだ。俺はロロに酷いこと、してるんだなって。俺の方が、ロロに背負わせようしてたんだなって」
二人の為だ、と言い、演技でロロを追い詰めて反論を封じたのは自分。そんな自分を、ロロは本気で心配して、ルルーシュに謝罪して、泣いていた。
背中越しに感じる、震えるロロの身体と、嗚咽。
それが、自分を目覚めさせた。
自分は、偽りの安寧を誰よりも憎んでいた筈。それなのに、其処へ逃げ込もうとして、その代償をロロに支払わせるところだったのだ。
ルルーシュが背負うべきものと、ロロの背負うべきものは、違う。
己の背負うべきものまで、ロロに背負わせるわけにはいかない。
そこでようやく、自分が逃げようとしていたことに気づいた。
だから、演じた。
スザクに身体を許さず、それでいて接近してきたスザクにルルーシュの記憶復活の疑惑を持たせない、そんな演技を。
己の過去と向き合いながら、スザクを真正面に見据えなければならず、辛くはあったけれど、最後まで演じ切った。
ロロのことを思い出すことで、それが、出来た。自分の為に、泣いてくれたロロを。
「ロロのお陰で、スザクに立ち向かえた…ありがとう」
「僕は、何もしてないよ…」
ルルーシュが微笑むと、ロロは戸惑ったように目を伏せた。
こうやって、演技をしなくてもいい会話。これが、自分が今、守りたいもの。
その為になら、仮面をつけることも、演じることも、苦ではない。
元々、いつかは、立ち向かわなければいけない問題だったのだ。
そう遠くない未来、スザクと激突する時が必ずやってくる。この道を選んだ以上、己の魂が再び血しぶきを上げることは最早決定付けられている。 そこから目を背けようとした自分を、ロロの存在が引き止めたのだ。
* * *
あと、数秒でも。
ルルーシュが枢木を拒絶するのが遅ければ、血の海と化したルルーシュの部屋で、返り血を浴びた死神が哄笑を上げていただろう。
夕食の後、ルルーシュと枢木、二人と別れてから、機情のモニタールームに入ったロロは、最初、落ち着かずに歩き回り、やがて持ち込んだガラス製のコップを破壊し始めた。
壊す物が無くなってしまうと、そのまま椅子にどさりと座り、ヘッドフォンをつける。
「…役立たず…僕は…」
枢木とルルーシュの会話をヘッドフォンで聞きながら、頭を両手で抱えて、ロロは呟いていた。
思いつかない。ルルーシュを救う方法が。枢木を殺して隠蔽する為の偽装工作なら幾らでも思いつくのに。ギアスを使ってどうにかなる問題でもない。
枢木を生かし、ルルーシュとロロ双方への疑念を生じさせず、ルルーシュの身体に手をださせない方法。どれかを取ろうとすると、どれかが犠牲になる。
(兄さんを助けたい。助けたいのに…っ…!!)
ルルーシュがあの男と恋人でさえなかったら、こんな事態には。
何であんなのと恋人だったんだと、混乱のあまりルルーシュを責めながらも、ロロは考え続けた。
それでも、何も思いつかなかった。
昼、ルルーシュに屋上に呼び出された時の事を思い出して、あまりの情けなさに涙がでそうになる。
ルルーシュはロロに「すまない」と言った。
その意味。
他の男に身体を触れさせることになって、すまない、とロロに謝罪したのだ。
そんな言葉を愛する兄に口にさせてしまった自分の、なんと情けないことか。
駄目だ、とわかっているのに、枢木をこの手で殺したくて仕方ない。
絶命させるだけでは終わらせない。終わらせてやるものか。
モニタルームに入ってから一度、思わずナイフを手にしてしまったが、そのナイフはすぐに壁に向けて投げつけた。
どうすれば、いい? と考えれば考えるほど、枢木への殺意が込み上げてくる。
駄目だ、それじゃあ、駄目なんだ、と、放っておけばすぐにナイフに向かう右手を、左手で押さえつけるのがやっとだった。
枢木を殺さないのは、ロロとルルーシュが生き残る為。
それなのに。
(兄さん…。辛いよ。苦しいよ…。枢木を殺したくて仕方ないのに…)
ルルーシュを売り飛ばし、追い詰める男を抹殺したいと、全身が悲鳴を上げている。
自分に嫌気が差す。
ルルーシュを助ける方法を考えなければいけないのに、枢木への殺意ばかりに支配されている自分が。
自分が悪いのだ。
自分が、ルルーシュが枢木と関係を持たなくてもいい方法を思いつけないから。
自分に、それだけの力が無いから。
愛しい人、一人、守ることも出来ない、自分が。
全部、自分が、悪い。
「兄さんっ……!!」
他の人間なんてどうなっても構わない。
自分が守りたいのはルルーシュだけなのに、その願いすらも自分の手で叶えられない。
『君を忘れたことは…一日だってなかった!!』
絶望的な状況を右往左往していると、耳に枢木の声が届いて、ロロはモニターを見た。
(兄さんを売ったくせに…枢木っ……!!!)
荒んだ双眸が枢木を捉える。
『気が合うな…俺もだ』
『…ルルーシュ…』
兄さんの名を、そんな風に呼ぶな。
兄さんを、そんな風に見るな。
兄さんと同じ空気を吸うな。
お前に、なんの資格があって。
愛しげにルルーシュの名を呼び、ルルーシュに近づく枢木。
枢木を見つめる優しいルルーシュの表情。
煮えたぎる血液が脳の中を駆け巡り、視界をも染めていく。
感情の制御には慣れている筈だった。だが本当は、感情の制御に慣れているのではなくて、そもそもロロが何物に対しても興味を持たず、感情が動くことが無かっただけだ。
荒れ狂う感情を抑える術を、ロロは知らない。その必要が無かったから。
それでもルルーシュの為に、ロロは必死になって、苦しみながらも、黒く轟音を上げる炎を押さえ込んでいたのだ。
だが、追い詰められ、燃え上がる悪意に焼かれ続けたロロの精神は既に限界に達していた。
枢木が、濡れた視線を投げかけながら、ベッドに座るルルーシュの隣に腰を降ろす。
そして、その手がゆっくりと伸びて、枢木の方に引き寄せるように、ルルーシュの顎に触れた。
ルルーシュとスザクの視線が絡み合う。
それは、情事の始まる、前兆。
―― 兄さんの肌が、髪が、唇が、首筋が、身体が、脚が、あの男のいいようにされる。
―― あの男の汚濁が、兄さんに……。
「くくくくっ…ふふふっ…」
感情の炎を鎮火させる筈の理性が、唐突に、ぷつりと音を立てて焼き切れた。
一度口元が歪んだ後、ロロの顔から、表情が無くなる。
憎悪対象の早急な生命停止を純粋に望む視線はどこまでも静謐で、なんの感情も映さない顔は揺らぎのない冬の湖面そのものだった。
「ふふっ……」
笑い声を合図に、静寂そのものだったロロの顔に、混じり気のない悪意が一気に広がる。
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
憎い、枢木が。
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
「あはっ、あははははははっっ………!!」
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
憎イ。愛スル兄ノ、何ニモ役ニ立テナイ自分自身ガ!!!
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
「はははははははははっ……!あははははははははっ……!!!」
許セナイ 許サナイ 絶対ニ許サナイ 枢木モ 自分モ!!
「あははははははははははははっっ…………!!!」
気が済むまで笑うと、ロロの表情の温度は急激に下がった。
凍てつく視線を、モニターに映る枢木に向ける。
「……この世からお別れしましょう。枢木卿」
―― ……今すぐお前を嬲り殺しにしてやる……。
悪意に裏打ちされた敬語は、人を何処までも貶める。
死神は、音を立てずにゆっくりと立ち上がった。死の宣告と同義のように、右手によって抜かれたナイフは、持ち主と同じように、命を略奪することへの欲望で鈍く輝いている。そして死神は、死の飛翔を妨げ、己を邪魔する唯一のものであるヘッドフォンに、手をかけた。
『!…ルルーシュ?』
ヘッドフォンを外そうとした瞬間、驚く枢木の声が耳に入った。
「兄、さん…?」
枢木を拒絶したルルーシュの姿が目に入って、ロロはモニターを食い入るように見つめた。
ヘッドフォンの音量を最大にして、ルルーシュの言葉を聴く。
続く言葉はどこまでも枢木を拒絶する言葉で。
何か考えがあるのかもしれない、とロロは椅子に座った。
やがてルルーシュが監視カメラに向かって、ポーズを決めるまで、ロロは画面を凝視していた。
立ち上がることも出来ず、ロロは呆然とする。
(終わっ…た…?)
目の前で起きたことが信じられなかった。
極限状態に一度追い込まれたこともあって、ロロはしばらく、その場で何もすることが出来なかった。
呆然状態から脱して、ロロはなんとかモニタルームを出て、ルルーシュの部屋へと向かった。
「…痛むの?」
ルルーシュの部屋に入ると、ルルーシュがガーゼを目の下に当てていたので、ロロは訊いた。
「痛くはない。やりすぎて腫れただけだから」
「そう…でも…良かった…」
ロロは安堵の息をつきながら、ルルーシュの肩に寄りかかる。
「僕…もう駄目かと…」
もし、ルルーシュが枢木を受け入れていたら。自分は今、何をしていたのだろう。
少なくとも、こうしてルルーシュに自分の身体を預けてはいなかった。
あの時、自分は何も考えられなくなっていた。頭の中には、枢木に対する殺意と自分に対する嫌悪感、そして絶望しかなかった。
「…心配かけた」
ルルーシュはロロの肩を抱き寄せた。
そうだろうか、とロロは思う。
自分は本当にルルーシュのことを心配していたのだろうか。
結局、自分は自分の感情の為に、ルルーシュを裏切ろうとしていたのではないだろうか。
ルルーシュの、何の役にも立てずに。
「『役に立ってない』なんてこと、ないからな」
ルルーシュが唐突に言う。
「…ん?」
丁度考えていた事を言われて、内心ぎくりとしながら、ロロは訊き返す。
「今日、屋上でロロと話して思ったんだ。俺はロロに酷いこと、してるんだなって。俺の方が、ロロに背負わせようしてたんだなって」
ルルーシュの優しい視線に蕩けそうになる。
「ロロのお陰で、スザクに立ち向かえた…ありがとう」
自分は何もしていない。
礼を言わなければいけないのは、自分の方だった。ルルーシュが枢木に立ち向かわなければ、自分はおそらく、枢木を血染めにしていた。それだけでは飽き足らず、おそらく息絶えた枢木の身体に、ナイフを幾度も刺し続けていただろう。いとも簡単に焼き切れてしまった、使い物にならない理性の下で。
ロロの幸せを願って、ルルーシュは行動してくれているのに。
それを自ら踏みにじる所だった。
それなのに。何故兄は、こうやって暖かな笑みを自分に向けてくれるのだろう?
今の自分がこうしていられるのは、ルルーシュが枢木に立ち向かってくれたからだ。
だが、そのルルーシュは、ロロのお陰で枢木に立ち向かえたと言う。
「僕は、何もしてないよ…」
自分はただ、何も出来ずに悔しくて、ルルーシュに抱きついて泣き、地下で悪意を撒き散らしていただけなのに。
ただ、ルルーシュのことが好きだから。そのルルーシュに何も出来ない自分が悔しくて。
そう。ただ、ルルーシュが好きだったから。
結局、全ての源にあるのは、ルルーシュの存在そのものなのだ。
それがロロを動かし、ルルーシュを動かし、またロロ、ルルーシュ、ロロと続いただけで。
(全部、兄さんのお陰なんだよ)
でも、この思いをどう伝えればいいのか、よく分からない。
だから、ルルーシュにせめてもの、お礼をする。
「兄さん…この辺?」
ロロはルルーシュの顎に指先で触れた。
「枢木が、触れたの」
ロロが指先を滑らせながら訊くと、ルルーシュが頷く。ロロは目を細め、手をルルーシュの頭に回し、ルルーシュの顎に唇でそっと触れる。ルルーシュは瞳を閉じた。
一箇所だけではなくて、時間をかけて、枢木が触れた部分全てに、ロロはキスを続けた。
「上書き、終わり」
ロロが微笑むと、ルルーシュも微笑み返す。
「…本当は、続きもしたいけれど」
怖い人がいない時にしようか? とロロは続けて微笑んだ。
「…ねぇ、兄さん。…ありがとう」
きっと、兄さんは、「俺は何もしてないよ」って、答えるんだろうけれど。
でも、本当に、兄さんがここにいてくれることに、僕は、ありがとうって、言いたいんだ。
* * *
「…ところで、兄さん。お願いが、あるんだ」
「なんだ、改まって」
「コップが欲しいんだ。ダースで」
「……そんなに?」
「実は、落としちゃったんだ、手が滑って…その、一気に」
「買うのは構わないが…怪我はしなかったんだろうな?」
「してないよ。…じゃあ、明日、学校終わったら買いにいこうか。待ち合わせは……」
終
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色々後書き。
・スザク「(自分を)助けてください!!」
・ロロの描写にあった「今すぐお前を…」はゼノサーガの「今すぐお前を嬲り殺しにしたいってなぁ!!(BY アルベド)」より。
・ ルルーシュが頑張らなかった場合 → 覚醒果たしてL5通り過ぎたオヤシロ様が突撃
BGM:
EL Tango de Roxaane (ムーラン・ルージュに収録) 要約すると、君の肌をあの野郎が触るなんて、許せんムッキーーーー!!!!という歌です(笑)男性の嫉妬の詩って結構怖い。
Testament(Xenosaga Ep3 サントラ)
You raise me up English ver. Vocal by Rena Park
枢木 vol.3 ― 誰かを救った思いやり
スザクが去った後。
ルルーシュが自室のベッドに座り、鎮静作用のある薬を含ませたガーゼを目の下に当てていると、ロロが部屋に入ってきた。
「…痛むの?」
ロロは心配そうに尋ねながら、ルルーシュの隣に座る。
「痛くはない。やりすぎて腫れただけだから」
涙の塩害は馬鹿にならない。泣きはらした後、肌が弱い人間が何もせずに放っておくと、しばらく痕がとれなくなってしまう。
「そう…でも…良かった…」
ロロは安堵の息をつきながら、ルルーシュの肩に寄りかかる。
「僕…もう駄目かと…」
「…心配かけた」
ルルーシュはロロの肩を抱き寄せた。
ロロには本当に、心配をかけてしまった。
ロロを泣かせてしまったことを思い出しながら、
「『役に立ってない』なんてこと、ないからな」
ルルーシュは唐突に言う。
「…ん?」
「…多分、ロロがいなかったら、俺はスザクと寝ていた。だけど…」
自分さえ我慢すればいいと思っていた。
己の感情に、全て、蓋をして、押さえつけて。
それさえ出来れば、スザクと寝てしまうのが一番ラクな方法でもあった。
思い出したくなかった。
屈辱も、悲しみも、憎悪も、全て、その奔流を辿れば、源には自分がいることを。
かつて愛し合った人との関係を引き裂いたのは、この、己の手。
相手の心に取り返しのつかない、圧倒的な暴力を行使したのも、結局は、自分。
因果応報として、その全てが己に跳ね返って来るだろうということはわかっていた。
それでも、実際にスザクによってその権利が行使された時、自分の心は悲鳴を上げた。
スザクと正面から立ち向かおうとすれば、必ず直視しなければいけない、現実。
全ての元凶に自分がいるとわかっていながら、自分を売ったスザクへの憎しみが溢れ出てくるのを、止められない。
そして、この事態を引き起こした自分が、お門違いにもスザクを憎むのが許せない。
だが、最初から、自分のやったことについて、間違っているとは思っていないし、誰にも謝罪する気はない。
生きれば生きるほど、己の業は重さを増していく。
そんな中で、己が相手の心を引き裂いた瞬間、そして相手に自分の心を引き裂かれた音を、また聞きたくなど、なかった。
スザクと真正面から激突すれば、自分への憎悪が噴出するのを抑えられなくなる。
だから、スザクに立ち向かわず、流されるままに寝てしまえば、それでいいのだと思っていた。
『自分さえ、我慢すれば。』その言葉は、ただの言い訳で、結局は、逃げていただけだった。
「今日、屋上でロロと話して思ったんだ。俺はロロに酷いこと、してるんだなって。俺の方が、ロロに背負わせようしてたんだなって」
二人の為だ、と言い、演技でロロを追い詰めて反論を封じたのは自分。そんな自分を、ロロは本気で心配して、ルルーシュに謝罪して、泣いていた。
背中越しに感じる、震えるロロの身体と、嗚咽。
それが、自分を目覚めさせた。
自分は、偽りの安寧を誰よりも憎んでいた筈。それなのに、其処へ逃げ込もうとして、その代償をロロに支払わせるところだったのだ。
ルルーシュが背負うべきものと、ロロの背負うべきものは、違う。
己の背負うべきものまで、ロロに背負わせるわけにはいかない。
そこでようやく、自分が逃げようとしていたことに気づいた。
だから、演じた。
スザクに身体を許さず、それでいて接近してきたスザクにルルーシュの記憶復活の疑惑を持たせない、そんな演技を。
己の過去と向き合いながら、スザクを真正面に見据えなければならず、辛くはあったけれど、最後まで演じ切った。
ロロのことを思い出すことで、それが、出来た。自分の為に、泣いてくれたロロを。
「ロロのお陰で、スザクに立ち向かえた…ありがとう」
「僕は、何もしてないよ…」
ルルーシュが微笑むと、ロロは戸惑ったように目を伏せた。
こうやって、演技をしなくてもいい会話。これが、自分が今、守りたいもの。
その為になら、仮面をつけることも、演じることも、苦ではない。
元々、いつかは、立ち向かわなければいけない問題だったのだ。
そう遠くない未来、スザクと激突する時が必ずやってくる。この道を選んだ以上、己の魂が再び血しぶきを上げることは最早決定付けられている。 そこから目を背けようとした自分を、ロロの存在が引き止めたのだ。
* * *
あと、数秒でも。
ルルーシュが枢木を拒絶するのが遅ければ、血の海と化したルルーシュの部屋で、返り血を浴びた死神が哄笑を上げていただろう。
夕食の後、ルルーシュと枢木、二人と別れてから、機情のモニタールームに入ったロロは、最初、落ち着かずに歩き回り、やがて持ち込んだガラス製のコップを破壊し始めた。
壊す物が無くなってしまうと、そのまま椅子にどさりと座り、ヘッドフォンをつける。
「…役立たず…僕は…」
枢木とルルーシュの会話をヘッドフォンで聞きながら、頭を両手で抱えて、ロロは呟いていた。
思いつかない。ルルーシュを救う方法が。枢木を殺して隠蔽する為の偽装工作なら幾らでも思いつくのに。ギアスを使ってどうにかなる問題でもない。
枢木を生かし、ルルーシュとロロ双方への疑念を生じさせず、ルルーシュの身体に手をださせない方法。どれかを取ろうとすると、どれかが犠牲になる。
(兄さんを助けたい。助けたいのに…っ…!!)
ルルーシュがあの男と恋人でさえなかったら、こんな事態には。
何であんなのと恋人だったんだと、混乱のあまりルルーシュを責めながらも、ロロは考え続けた。
それでも、何も思いつかなかった。
昼、ルルーシュに屋上に呼び出された時の事を思い出して、あまりの情けなさに涙がでそうになる。
ルルーシュはロロに「すまない」と言った。
その意味。
他の男に身体を触れさせることになって、すまない、とロロに謝罪したのだ。
そんな言葉を愛する兄に口にさせてしまった自分の、なんと情けないことか。
駄目だ、とわかっているのに、枢木をこの手で殺したくて仕方ない。
絶命させるだけでは終わらせない。終わらせてやるものか。
モニタルームに入ってから一度、思わずナイフを手にしてしまったが、そのナイフはすぐに壁に向けて投げつけた。
どうすれば、いい? と考えれば考えるほど、枢木への殺意が込み上げてくる。
駄目だ、それじゃあ、駄目なんだ、と、放っておけばすぐにナイフに向かう右手を、左手で押さえつけるのがやっとだった。
枢木を殺さないのは、ロロとルルーシュが生き残る為。
それなのに。
(兄さん…。辛いよ。苦しいよ…。枢木を殺したくて仕方ないのに…)
ルルーシュを売り飛ばし、追い詰める男を抹殺したいと、全身が悲鳴を上げている。
自分に嫌気が差す。
ルルーシュを助ける方法を考えなければいけないのに、枢木への殺意ばかりに支配されている自分が。
自分が悪いのだ。
自分が、ルルーシュが枢木と関係を持たなくてもいい方法を思いつけないから。
自分に、それだけの力が無いから。
愛しい人、一人、守ることも出来ない、自分が。
全部、自分が、悪い。
「兄さんっ……!!」
他の人間なんてどうなっても構わない。
自分が守りたいのはルルーシュだけなのに、その願いすらも自分の手で叶えられない。
『君を忘れたことは…一日だってなかった!!』
絶望的な状況を右往左往していると、耳に枢木の声が届いて、ロロはモニターを見た。
(兄さんを売ったくせに…枢木っ……!!!)
荒んだ双眸が枢木を捉える。
『気が合うな…俺もだ』
『…ルルーシュ…』
兄さんの名を、そんな風に呼ぶな。
兄さんを、そんな風に見るな。
兄さんと同じ空気を吸うな。
お前に、なんの資格があって。
愛しげにルルーシュの名を呼び、ルルーシュに近づく枢木。
枢木を見つめる優しいルルーシュの表情。
煮えたぎる血液が脳の中を駆け巡り、視界をも染めていく。
感情の制御には慣れている筈だった。だが本当は、感情の制御に慣れているのではなくて、そもそもロロが何物に対しても興味を持たず、感情が動くことが無かっただけだ。
荒れ狂う感情を抑える術を、ロロは知らない。その必要が無かったから。
それでもルルーシュの為に、ロロは必死になって、苦しみながらも、黒く轟音を上げる炎を押さえ込んでいたのだ。
だが、追い詰められ、燃え上がる悪意に焼かれ続けたロロの精神は既に限界に達していた。
枢木が、濡れた視線を投げかけながら、ベッドに座るルルーシュの隣に腰を降ろす。
そして、その手がゆっくりと伸びて、枢木の方に引き寄せるように、ルルーシュの顎に触れた。
ルルーシュとスザクの視線が絡み合う。
それは、情事の始まる、前兆。
―― 兄さんの肌が、髪が、唇が、首筋が、身体が、脚が、あの男のいいようにされる。
―― あの男の汚濁が、兄さんに……。
「くくくくっ…ふふふっ…」
感情の炎を鎮火させる筈の理性が、唐突に、ぷつりと音を立てて焼き切れた。
一度口元が歪んだ後、ロロの顔から、表情が無くなる。
憎悪対象の早急な生命停止を純粋に望む視線はどこまでも静謐で、なんの感情も映さない顔は揺らぎのない冬の湖面そのものだった。
「ふふっ……」
笑い声を合図に、静寂そのものだったロロの顔に、混じり気のない悪意が一気に広がる。
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
憎い、枢木が。
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる
「あはっ、あははははははっっ………!!」
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
憎イ。愛スル兄ノ、何ニモ役ニ立テナイ自分自身ガ!!!
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル
「はははははははははっ……!あははははははははっ……!!!」
許セナイ 許サナイ 絶対ニ許サナイ 枢木モ 自分モ!!
「あははははははははははははっっ…………!!!」
気が済むまで笑うと、ロロの表情の温度は急激に下がった。
凍てつく視線を、モニターに映る枢木に向ける。
「……この世からお別れしましょう。枢木卿」
―― ……今すぐお前を嬲り殺しにしてやる……。
悪意に裏打ちされた敬語は、人を何処までも貶める。
死神は、音を立てずにゆっくりと立ち上がった。死の宣告と同義のように、右手によって抜かれたナイフは、持ち主と同じように、命を略奪することへの欲望で鈍く輝いている。そして死神は、死の飛翔を妨げ、己を邪魔する唯一のものであるヘッドフォンに、手をかけた。
『!…ルルーシュ?』
ヘッドフォンを外そうとした瞬間、驚く枢木の声が耳に入った。
「兄、さん…?」
枢木を拒絶したルルーシュの姿が目に入って、ロロはモニターを食い入るように見つめた。
ヘッドフォンの音量を最大にして、ルルーシュの言葉を聴く。
続く言葉はどこまでも枢木を拒絶する言葉で。
何か考えがあるのかもしれない、とロロは椅子に座った。
やがてルルーシュが監視カメラに向かって、ポーズを決めるまで、ロロは画面を凝視していた。
立ち上がることも出来ず、ロロは呆然とする。
(終わっ…た…?)
目の前で起きたことが信じられなかった。
極限状態に一度追い込まれたこともあって、ロロはしばらく、その場で何もすることが出来なかった。
呆然状態から脱して、ロロはなんとかモニタルームを出て、ルルーシュの部屋へと向かった。
「…痛むの?」
ルルーシュの部屋に入ると、ルルーシュがガーゼを目の下に当てていたので、ロロは訊いた。
「痛くはない。やりすぎて腫れただけだから」
「そう…でも…良かった…」
ロロは安堵の息をつきながら、ルルーシュの肩に寄りかかる。
「僕…もう駄目かと…」
もし、ルルーシュが枢木を受け入れていたら。自分は今、何をしていたのだろう。
少なくとも、こうしてルルーシュに自分の身体を預けてはいなかった。
あの時、自分は何も考えられなくなっていた。頭の中には、枢木に対する殺意と自分に対する嫌悪感、そして絶望しかなかった。
「…心配かけた」
ルルーシュはロロの肩を抱き寄せた。
そうだろうか、とロロは思う。
自分は本当にルルーシュのことを心配していたのだろうか。
結局、自分は自分の感情の為に、ルルーシュを裏切ろうとしていたのではないだろうか。
ルルーシュの、何の役にも立てずに。
「『役に立ってない』なんてこと、ないからな」
ルルーシュが唐突に言う。
「…ん?」
丁度考えていた事を言われて、内心ぎくりとしながら、ロロは訊き返す。
「今日、屋上でロロと話して思ったんだ。俺はロロに酷いこと、してるんだなって。俺の方が、ロロに背負わせようしてたんだなって」
ルルーシュの優しい視線に蕩けそうになる。
「ロロのお陰で、スザクに立ち向かえた…ありがとう」
自分は何もしていない。
礼を言わなければいけないのは、自分の方だった。ルルーシュが枢木に立ち向かわなければ、自分はおそらく、枢木を血染めにしていた。それだけでは飽き足らず、おそらく息絶えた枢木の身体に、ナイフを幾度も刺し続けていただろう。いとも簡単に焼き切れてしまった、使い物にならない理性の下で。
ロロの幸せを願って、ルルーシュは行動してくれているのに。
それを自ら踏みにじる所だった。
それなのに。何故兄は、こうやって暖かな笑みを自分に向けてくれるのだろう?
今の自分がこうしていられるのは、ルルーシュが枢木に立ち向かってくれたからだ。
だが、そのルルーシュは、ロロのお陰で枢木に立ち向かえたと言う。
「僕は、何もしてないよ…」
自分はただ、何も出来ずに悔しくて、ルルーシュに抱きついて泣き、地下で悪意を撒き散らしていただけなのに。
ただ、ルルーシュのことが好きだから。そのルルーシュに何も出来ない自分が悔しくて。
そう。ただ、ルルーシュが好きだったから。
結局、全ての源にあるのは、ルルーシュの存在そのものなのだ。
それがロロを動かし、ルルーシュを動かし、またロロ、ルルーシュ、ロロと続いただけで。
(全部、兄さんのお陰なんだよ)
でも、この思いをどう伝えればいいのか、よく分からない。
だから、ルルーシュにせめてもの、お礼をする。
「兄さん…この辺?」
ロロはルルーシュの顎に指先で触れた。
「枢木が、触れたの」
ロロが指先を滑らせながら訊くと、ルルーシュが頷く。ロロは目を細め、手をルルーシュの頭に回し、ルルーシュの顎に唇でそっと触れる。ルルーシュは瞳を閉じた。
一箇所だけではなくて、時間をかけて、枢木が触れた部分全てに、ロロはキスを続けた。
「上書き、終わり」
ロロが微笑むと、ルルーシュも微笑み返す。
「…本当は、続きもしたいけれど」
怖い人がいない時にしようか? とロロは続けて微笑んだ。
「…ねぇ、兄さん。…ありがとう」
きっと、兄さんは、「俺は何もしてないよ」って、答えるんだろうけれど。
でも、本当に、兄さんがここにいてくれることに、僕は、ありがとうって、言いたいんだ。
* * *
「…ところで、兄さん。お願いが、あるんだ」
「なんだ、改まって」
「コップが欲しいんだ。ダースで」
「……そんなに?」
「実は、落としちゃったんだ、手が滑って…その、一気に」
「買うのは構わないが…怪我はしなかったんだろうな?」
「してないよ。…じゃあ、明日、学校終わったら買いにいこうか。待ち合わせは……」
終
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色々後書き。
・スザク「(自分を)助けてください!!」
・ロロの描写にあった「今すぐお前を…」はゼノサーガの「今すぐお前を嬲り殺しにしたいってなぁ!!(BY アルベド)」より。
・ ルルーシュが頑張らなかった場合 → 覚醒果たしてL5通り過ぎたオヤシロ様が突撃
BGM:
EL Tango de Roxaane (ムーラン・ルージュに収録) 要約すると、君の肌をあの野郎が触るなんて、許せんムッキーーーー!!!!という歌です(笑)男性の嫉妬の詩って結構怖い。
Testament(Xenosaga Ep3 サントラ)
You raise me up English ver. Vocal by Rena Park
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現在のお礼SS:ロロルルロロ一本。
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