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  アブナイアソビ



 ロロはルルーシュの部屋で、ベッドで横になりながら本を読む振りをしていた。ロロの視線は本のページのすぐ横を素通りして、ノートパソコンを操作するルルーシュに注がれている。
 ルルーシュは家計簿を作るのに集中しているらしく、ロロの視線には全く気づいていない。ロロは遠慮なく、ルルーシュの観察を続けることにした。
 今のところ、ルルーシュの行動に全く異常は見られない。至って普通(家計簿の数値を一桁単位で全て把握している以外は)の男子学生である。
 ロロは視線をルルーシュにやったまま、片手を傍に置いてある携帯に伸ばした。そこにあるストラップ - ルル-シュが誕生日にくれたハート型のロケットだ - にふれる。このロケットを見るたびに、ふれるたびに、溢れてくる感情はなんだろう、と思う。胸が締め付けられるようで、寂しくて、それなのにどこかで安らぐ。
 そんな奇妙な感情を誕生日以来味わうようなってから、ロロは、ルルーシュに「アブナイアソビ」を仕掛けるようになった。

*   *   *

 ルルーシュの記憶が、どのように作り変えられているのか。その全てをロロが把握することは出来ない。もちろん、ルルーシュが自分には(妹ではなくて)弟がいる、と認識している事や、こちらにとって都合の悪い記憶はルルーシュから消えているということはわかる。だが、ロロが実際にルルーシュの前に現れる以前の、ロロに関する記憶がどうなっているのかはある程度のことまでしか分からない。
 そんなことが分からなくても、ロロの任務に支障はない。何かロロの知らない記憶の話がルルーシュから出てきたにしても、「そうだっけ、覚えてないよ」と言うとか、いくらでも対処は出来る。こちらから過度に刺激するようなことでもしない限り、あの優しい「兄さん」がロロの存在そのものを疑うことは無いだろう。
 そんなことは分かっていたのだが、ロロはある日、「アブナイアソビ」をルルーシュに仕掛けてしまった。何故そんなことをしたのか、自分でもわからない。

『…ねぇ、兄さん。僕の五歳の誕生日の日のこと、覚えてる?』
 言ってしまってから、ロロはしまった、と思った。何も自らルルーシュの記憶を刺激する必要はないではないか。
『ああ、覚えてるさ。庭でパーティーをやっていたら、急に天気雨が降ってきて大変だったな。母さんと急いで料理を運んで…。ロロは驚いて泣いてたな。俺はあれ以来、子ども心に天気予報は信用ならんと思うようになったよ』
 ロロの思いと裏腹にすらすらと答えるルルーシュを見て、母さんってどんな人だったけ? その時のメニューは? あの時プレゼントって何くれたんだっけ? と次々に質問したい衝動にロロは駆られた。だがその時は、ルルーシュの記憶の中だけに存在する、ロロ自身すら知らない”ロロ”の存在があることに衝撃を受けて(そういう記憶があるということは頭ではわかっていたのだが)、次の質問を口にすることは出来なかった。
 それ以来、ロロは時折、ルルーシュに昔の話を聞いた。それがルルーシュにとって悪い刺激になる可能性がないとは言い切れないこと知りながら。
 このアソビによってルルーシュの本当の記憶が呼び戻されてしまうかもしれない、というスリルに若干興奮していたことは否定出来ないし、ルルーシュが過去のことを語り終えた後、自分の記憶になんの疑問も持っていないのを見て、籠の中にいる小鳥を見るような所有感に鳥肌が立ちそうになったこともある。だが、それ以上に”ロロ”との思い出を楽しそうに話すルルーシュと束の間の幸福感を共有した後に、やってくる激しい落胆に何かが粟立つのを感じた。
 いつか籠の中の鳥が籠を破壊するかもしれないという予感に高揚しながら、今自分が確かに飼い主であることを悦び、偽りの過去に心を躍らせて、それがツクリモノであると己が打ちのめされることにすら、全身が反応する。
 この感情をなんと呼べばいいのだろう、と困惑しながらも、名の分からない情動が湧き上がってくる感覚に、ロロは完全に魅せられていた。
まるで中毒者のように、やめなければ、と思いながらも、ある程度の間隔を置きながらも、アソビは続いた。
『兄さん。一昨年の十月二十五日、何処にいたか覚えてる?』
『兄さん。アッシュフォード学園の入学式のこと、覚えてる?』
『…兄さん。僕が、生まれた時、……嬉しかった?』
その全てに、ルルーシュは誠実に答えてくれた。

 そんなアソビを繰り返していく内に、ロロはある日、訊いてしまったのだ。
『今日クラスメイトに妹が生まれたんだって。…兄さんは、妹がほしいと思ったこと、ある?』
『妹、か。無いな。しかし想像出来ないな…妹がいるって』
ロロは、震える手がルルーシュから見えないようにしながら、
『ねぇ、兄さん。僕、…弟で良かったのかな』
 切実な表情で、訊いた。
『どうしたんだ、急にそんな顔をして、そんな事、訊いて』
 ルルーシュは目を丸くしたが、すぐに微笑んで、
『お前が弟でも妹でも、大事な家族だってことに変わりはない。十六年間一緒にお前と兄弟やっていて、お前が家族で良かったって、心からそう思ってるよ』
 当然だろう? とルルーシュは続けてからすぐに、何かあったのか? と心配そうにロロに尋ねた。ロロは無性に泣きたくなって、その場から逃げてしまいたくなったが、その気持ちを抑えて「…なんでもないよ」と笑って答えるのが、その場では精一杯だった。

*   *   *

 ロロは身体を起こすと、まだ家計簿をつけている兄に声をかけた。
「兄さん」
「ん?」
ルルーシュは少しの間パソコンの操作を進めてから、ロロの方を見た。
   最初は、ほんの少しで良かった。
   だが名の知れぬ感情に身を委ねる度に、
   もっと強い、その感情が欲しくなった。
   スリルと、所有の喜びと、束の間の幸福感と、絶望。
   その全てを欲する感情を。
   もっと。もっと強い、その感情が、欲しい。
「もしも。もしもだよ。僕と兄さんの血がつながってなかったとしたら…、兄さんはそれでも、僕のこと、家族だと思ってくれる?」
「…ロロ。お前、最近何かあっただろう」
 ロロが訊くと、クラスで苛めに遭ってるんじゃないだろうな? とルルーシュは真剣な目で訊き返した。
「何もないよ。ただ、訊きたかったんだ。それとも…答えられないの?」
 ロロが目を伏せると、ルルーシュは慌てて、
「そうじゃない。血が繋がってるかどうかなんて、関係ないに決まってるだろう? 家族かどうかなんて、今俺がロロを大切だと思っているっていう事実の方が大事だ」
自分の胸に手を当てて、言った。
嗚呼、こんなことをしていたら、本当に、記憶が戻ってしまうかもしれない。
  でも、少なくとも今は、この人は僕の手の上で踊っている。
  そして心から僕のことを大事だと思っている。
  でもね兄さん、その「大切だと思っているっていう事実」は、偽りなんだよ。
 欲しかった感情が湧き上ってくる愉悦を表情にださないようにしながら、ロロは小さく、「そっか、ありがとう」と言って微笑んだ。
「ロロ。本当に、何もないんだろうな? 」
 身を乗り出して訊いてくるルルーシュに、
「大丈夫だってば。何かあったらすぐに相談するから。心配性だなぁ」
 ロロは笑って言った。
「ごめんね、心配させて」
「いや、何もないなら、いいんだ……」
 こっちこそ、しつこく訊いて悪かったな、とルルーシュは苦笑した。

 ロロは再び、ルルーシュに貰ったロケットに触れる。
 
 もし、これを貰わなかったなら。
 ぼくはこんなアソビ、知らなかったのかな。




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 ロロは表面上の人間関係しか誰かと結んだことがなくて、ちょっとした感情の揺れにすごく敏感だといいと思います。

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現在のお礼SS:ロロルルロロ一本。
効能:管理人のMP回復。感想一言頂けるととても喜びます。
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