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   旅の途中(2)



 青年の家は、ハーブが沢山植えられた大きな庭付きの二階建てだった。家族と一緒に住んでいるのだろうな、ロロが考えた時、

「一人暮らしなんだ」

 と、青年はロロの考えを見抜いたかのように、言った。

 家に入ると、昼はまだなんだろう? と訊かれ、ロロが頷くと、そこで座って待っててくれ、と言って青年は嬉しそうに笑ってキッチンで準備を始めた。リビングとキッチンは壁で分けられているが、互いに見えるように、長方形の大きな覗き窓があった。
 「離せ!」とロロを拒絶した時の厳しい顔とうってかわって、心からこの状況を楽しんでいるような表情を浮かべてキッチンの中を移動する青年の顔が、何度かリビングのソファに座るロロから見えた。
 あんなに楽しそうに料理をする人は、始めて見たな、と思いながらしばらくロロが待っていると、

「悪いな。すぐに準備出来るものだと、こんなものぐらいしかなくて。…シャワーを浴びてくるから、食べて待っててくれ」

 青年はそう言って、ロロの座るソファの前にあるテーブルに、サンドイッチとサラダ、オニオンスープをおいて、リビングから出て行った。

 (一人暮らしにしては、大きな家だなぁ…)

 サンドイッチを一人で食べながら、ロロは周りを見回した。
 一人で使うにはやはり広すぎるリビングだ。今ロロが使っているテーブルを囲うように置かれているソファは、座ろうと思えば八人は座れる。玄関脇に置かれた水槽は人が入れそうな程大きくて、色とりどりの熱帯魚が優雅に泳いでいる。壁際には室内用の、ロロの肩ぐらいまである観葉植物がいくつかあった。放っておくと埃がたまってしまいそうな葉の形だったが、一枚一枚手入れがしっかり行き届いている。

 食事を終えて、ロロは食器をシンクに持って行った。洗おうとしたが、スポンジなど洗う道具がなく、隣を見ると、食器洗い機らしきものがあった。
 しばらく食器洗い機を見るが、今までロロが見たことのあるものとは、だいぶ違うタイプのものだった。どうやって操作をするのだろう、とまじまじと食器洗い機を見ていると、背後でドアの開く音がした。

「すみません。…使い方がわからなくて」

 入ってきた青年の方を振り向きながら、ロロは言った。
 青年の髪は、少し湿っていた。

「あとは俺がやっておくよ。君はリビングで待っててくれ」

 微笑む青年に言われるままにリビングで待っていると、

「アイスティーはミルクとレモン、どっちがいい?」

 キッチンから訊かれて、

「ミルクでお願いします」
 
 ロロは答えた。冷蔵庫の閉まる音がしてから、しばらく氷がぶつかる、からんからん、という音がした。

「どうぞ」
「…ありがとうございます」

 青年は自分の前にレモンティー、ロロの前にミルクティーを置きながら、ロロの向かい側にあるソファに座った。
 ロロは一口ミルクティーを飲んでから、青年に訊いた。

「あの、お尋ねしたいことがあるのですが」
「何を訊きたいか、わかってるよ」

 青年は赤い模様が光る左目に手をかざしながら、にやりと笑った。

「この左目のこと…そして、何故街に人がいないか、だろ?」
「…そうです」
「…その前に、名乗ってもいいかな。…俺は、ルルーシュ。そちらの名前を訊いてもいいかな?」
「ロロです」
「ロロ。…出来れば、敬語はやめてくれないか。何か話しにくい」
「…いいの?」
「その調子」

 ルルーシュと名乗った青年は笑ってから、

「じゃあ、まず、この目について話そうか。左目にある、この赤い印は」

 ロロは固唾を呑んだ。

「これは『ギアス』という。俺の場合は、絶対遵守の力…つまり、俺と視線を合わせた相手に、俺の命令を強制する力なんだ。この力を使われた相手は、俺の命令に逆らうことは出来ない」
「………」
「今、頭がおかしい奴とか思わなかったか?」
「…にわかには信じられないけど、でも、実際にそうやって目に赤い何かが光ってるし…、そういうこともなくはないかなって思った」

 今までロロが回ってきた国の数はかなりのものだ。大したことでは驚かなくなった。
 ロロは少し考えてから、

「…でも、その力は国内の人間にしか利かないんだね?」

 ルルーシュに訊いた。ルルーシュが頷く。

「話が早くて助かるよ」
「視線を合わせることで命令が出来るなら、僕に『離せ!』って言った時に、その効果があった筈。でも僕には利かなかった。だからあの時に『俺のギアスが利かない』って驚いてたんだ。その後僕に『君はこの国の人間でないな?』って訊いたから。多分そうじゃないかと思ったんだ」
「そう。この力は国内の人間にしか利かない…。と、いうよりこのギアスは、ギアスの力を持った人間にしか利かないんだ」

 ルルーシュは自分のアイスティーをマドラーで軽くかき混ぜた。

「ギアスのことについて、詳しくは実はまだわかってない。…だが、ギアスはこの国で長年研究されてきた力だった。昔から、この国にはギアスの力を授ける人間がいたらしい。だが、そいつは気まぐれで、たまにしかギアスの力を人に与えなかった。それに痺れを切らして、もっと多くの人にギアスの授ける方法があるのではないか、と思った奴がいて、研究がはじまった。
 だが、研究され続けることに嫌気がさしたのか、ギアスを授けていた人間はこの国からふらりといなくなってしまった。
 …だけどとにかく、それまでに研究が蓄積していこともあって、やがて人工的にギアスを与えるシステムが完成した。前と違って短い期間に、多人数にギアスの力を与えられるシステムだ。どのような能力が与えられるかは未知数だった。実際に与えられるまでは、どのようなギアスが与えれるかはわからない。能力そのものも多様だったし、俺のような絶対遵守系のギアスであっても、その媒体が音声だったり、視線だったり…とにかく多種多様なギアスがあった。
 そしてシステム特有の問題があった。システムから与えられるギアスでは、ギアスの力を持った人間にしか効果がない。結局、この国の人間全員がギアスの力を手に入れてしまったから、大した問題ではなくなったが」
「国民、全員が…?」

 ロロが驚いて訊くと、ルルーシュは頷いた。

「当時は神の力を手に入れた、って騒いでたからな。もちろんそんな力はいらないとか、怖い、と言う人も沢山いた。けれど、国民の半分がギアスを手に入れたあたりから、ギアス能力を持っていない人間への差別が始まった。…そこからは、国民全員にギアスが行き渡るまで、大して時間はかからなかったよ。それが確か、六年程前。皆、自分が手にしてしまった力の正体に気付かないまま、時間が過ぎていった」

 ルルーシュは一口アイスティーを飲んだ。

「…五年前、事件があった。」

 ルルーシュはコップをテーブルに置く。

「冗談で『一回、死んで来い』と友人に言った奴がいた。言った本人にはギアスを使う意志は全くなかった。だが、ギアスが勝手に発動してしまった。そいつのギアスは俺と同じ絶対遵守系のものだったんだ。それで、友人が目の前で自殺してしまったそうだ。
 …それが、ギアス暴走の最初の事件。その事件を引き金に、国内のあちこちでギアスの暴走事故が起こった。しばらくは国中大混乱だったよ。あまりにも広範囲の人間に影響を及ぼすギアスを持つものは、金を渡されて国外追放になったったらしい。俺の場合は視線を合わせなければ発動しないから、こうして人と会わないように注意していれば済むけどな」
「ひょっとして、この国の人達のギアスは…」
「ああ。かなりの数が暴走している。…多分、もう全員だろう。…皆、一人で暮らすようになっていった。自分のギアスに誰かを巻き込みたくないし、誰かのギアスに巻き込まれたくないからな。
 俺のギアスはかなり早い時期に暴走した。だから、こうして、誰かと話すのは五年ぶりだよ。家に誰かを招いて、自分の作ったものを食べてもらうのも。顔を見て誰かに話を聞いてもらえることが、こんなに素晴らしいことだなんて、こういう生活を始める前は一度も思わなかった。…まぁ、話してる内容がギアスのことだってのはどうかと思うが」

 ルルーシュは自嘲気味に笑った。

「ロロ。他に、こういう国はあるのか?」

 この世界では、国は城壁に囲まれ、国同士の間には広大な所有者の無い土地が広がっている。国同士は殆ど交流がないから、国から出たことのない人間は他の国のことは何もわからない状態に近い。

「僕が今まで見た限りだと…ないね」
「…そうか。皆、誰かと当たり前のように触れ合ったり、顔を合わせて喋ったりしてるんだろうな」

 ルルーシュが思いを馳せる様に遠くを眺めたのを見て、

「…この国はいい国だと思う」

 ロロははっきりと言った。

「…そうか?」

 ルルーシュは不思議そうな顔をした。

「だって、道で当たり前のように人が死んでるなんてこと、この国ではないでしょう? 僕が見た国では、人の死体を平気で犬が食べてたよ。それに、ホテルやレストランで旅人を襲おうと待ち構えている人も、この国にはいないしね」
「………」

 責めるような口調で言い始めたロロを見て、ルルーシュが驚いているのをわかっていながら、ロロの言葉は止まらなくなっていた。

「水だって浄化システムがしっかりしてるから飲むことが出来る。旅人にタダで水をくれるぐらいなんだから、量だって豊富なんだ。…でも、飲める水が異常な高値で売られていて、手が届かない人達は、飲んだら絶対に病気になるような水しか飲めない…そんな国もある。おいしい物が食べられて、いくらでも綺麗な水が飲める。住む所もある。人が殺し合ってない…素晴らしいことだと思う。毎日を生きることが出来るからこその悩みを持てる。そんな国はあまりないよ…誇るべきだよ」

 一気に言ってしまってから、ロロは申し訳なさそうに、頭を下げた。悪い癖だ。一度攻撃を始めると止まらなくなってしまう。

「…ゴメン。何か、他の国のこと、羨ましそうにしてたから。ちょっと…」
「いや、いいんだ。そうだな。この国では…仕事をしなくても、生きていける。五年前までは、多くの人が何かしら仕事はしてたんだけどな。やるべきことは全部機械がやってくれるし、国民を全員食べさせていけるだけの食料も十分ある。…だからこそ、家から一歩も出ないで生活できる。本当はとても幸せなことなんだな」
「幸せかどうかは、わからないけど」
「…そうだな」

 ルルーシュはソファに身体を預けて、天井の方に目をやった。

「小さい頃、ロロみたいな旅人に会って…、俺も、旅に出たいと思っていたことがあったよ。将来は旅人になるんだ、と言って周りから止められた。…結構、本気だったんだけどな。今のロロの話を聞いて思い出したよ。俺は他の国を、見てみたかったんだ。…だが、俺の身体では、国の外に出るのは、無理だった。昔から薬漬けでさ。
 旅人になるのは無理でも、せめて、一番近い国を見てみたかった。…だが、それも無理だと言われた。俺の身体ではもたないんだって。情けないな。…こんな身体だから、さっき、ロロに助けて貰うことになってしまったんだ」
「…なんで外にでたの? あんなに暑かったのに」
「笑うなよ」
「うん、笑わない」
「洗濯物が飛ばされたんだ。それもかなりの枚数…2階のベランダに干しておいたんだが。別にいくらでも代わりはあるから、どうしても取りにいかなきゃいけないわけでじゃなかったんだが…。回収しに行くぐらいなら大丈夫だと思ってさ。でも炎天下の中、数分歩いたけで駄目だった。…情けないよ、本当に」

 ロロは、ルルーシュが苦しげに息をしながら、錠剤を呑んでいたのを思い出した。

「ルルーシュさん、病院とか薬は、どうしてるの?」
「ああ。毎週、検査データを病院のコンピューターに送ってる。検査機器はここにあるんだ。一般人にも使えるように改良が一気に進んだからな。検査機器をあちらから送ってくる場合もある。あとは、病院の指示通りに自分で検査をしてデータをとる。薬は定期的に配達される。…勿論、配達するのは機械だ。…こんな生活してるから、多分外の世界に対する憧れが強くなってるんだ、きっと。…旅に出られるロロが羨ましいなんて言ったら、怒られるんだろうな」
「別に、怒りはしないけど。…でも、辛いことは、とても多いよ。旅をしていると」

 ルルーシュは、上半身を起こした。

「…さっきのロロの話を聞いて、ロロがどれだけ酷い目にあったか…ほんの少しはわかった気がするんだ。俺みたいに、国を一歩も出たことがなくて、旅に憧れるような人間ではわからないような、辛い思いをしてまで、酷い国もあるのに、何故、旅を続ける?」
 
 ルルーシュは真剣な眼差しで訊いてきた。

「………」
「ロロ。もし言いたくないんだったら」

「帰る国が、ないから」
 
 心配そうな表情のルルーシュの言葉を遮って、ロロは言った。

「どこにも、僕を迎えてくれる人がいないから」
「…そうか」

 ルルーシュはロロの答えを受け取ってから、目を数秒閉じ、ロロを真っ直ぐ見据えた。

「ロロ。もし、帰る所ができたら…。迎えてくれる人ができたら…。ロロの旅は、そこで終わるのか?」
 
 ルルーシュがどういう意味でその言葉を口にしてくれているのか分かっていながら、ロロはその意味を分かった素振りは見せなかった。

「わからない。終わるのかもしれない。……でも、僕には一生、そんなもの、出来ないと思う」
「何故?」
「………」

 言いたくない。ロロが俯き、沈黙が二人の間に横たわった。

「…すまない。ずっと人と話してなかったから、つい、訊き過ぎてしまって」

 すまなそうにルルーシュに、ロロは首を振った。

「ルルーシュさんが僕に興味を持ってくれるのは嬉しいよ。…だけど、どうしてもそれだけは…。今はまだ、話したくないんだ」

 ルルーシュは頷いた。

「…なぁロロ。今日は、ここに泊まっていかないか?」
「え?」

 唐突に言われて、ロロは訊き返した。

「時間を気にせずに話がしたいな、と思ったんだ。ロロがよければ。…どうかな」

 ルルーシュは穏やかな表情でロロを見詰めた。

「…うん。じゃあ、泊まっていこうかな」

 泊まっていかないか、という申し出は今までは殆ど断っていた。誰かと深い関係になるのは苦手だったし、そうでなくても誰かが所有する空間で寝ると落ち着けなかった。それなのに、ロロはルルーシュの申し出を自然と受け入れていた。

 ロロの返答に、ルルーシュの顔が綻ぶ。
 
 本当に綺麗な人だな、とロロは思った。
 



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