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旅の途中(4)
本を戻してから、ロロは寝室に戻ってベッドで横になり、天井を焦点の合わない目で見上げた。
ロロをもてなすのが嬉しくてしょうがない、という様子だったルルーシュの顔を思い浮かべる。
一人で住むことを余儀なくされているルルーシュに、家族のことを訊くのは躊躇われた。だが、おそらくギアスの事件が起きる前は、家族と一緒に住んでいたのだろうと思う。多分下の兄弟の世話をよく焼いていたのではないだろうか。そうでなくても、愛する人達と毎日笑っていたのだろう。そうでないと、あれほど、人をもてなすのが好きな人間になるとは思えない。
そんな人が、五年間誰とも接していなかったとなれば、どれほど寂しい思いをするのだろうか。
会ってから大して時間の経っていないロロの為に、料理の準備をするルルーシュの幸せそうな笑顔を向けられると、その痛みを見せつけられるような気がした。赤の他人への料理を作ることで、幸せを感じるほどの、刺すような孤独を。
孤独を孤独と思わなくなる程、孤独に慣れ過ぎてしまっているせいで、自分にはその痛みの本質は理解できない。今まで手にした知識でなんとか想像するだけだ。
帰るべき場所が世界の何処にもない――という今の状況になる前、まだ帰る場所があって、一応は迎える人がいた時は、自分を守る術もなくて、いつ殺されるかわからなかった。安心して眠れた日など、物心ついてからは、数えるぐらいしかなかった(一人で留守番していた時だ)。
家族と離れ、国を後にしてから、ようやく自分は、自分になれた。――特定の誰かに、絶対的な生殺与奪の権利を握られていないという意味で。
家族を失ったと理解した瞬間、自分に訪れたのは、深い安心感だった。
だから、一緒に住んでいた誰かと離別したというルルーシュと同じ体験を持っていても、引き裂かれた悲しみや孤独感を、共有できない。
それでも、理解したかった。ロロのような初対面の人間を泊めるだけで、あれだけ喜ぶ顔の下に隠れた、痛みを伴う孤独感を。
(…どんなに考えたって、僕みたいな人間に分かるワケがないのにね)
前の様な状態 ― まだ自分に名目上の家族がいた頃 ― に戻るのであれば、旅の途中で誰にその死を知られることなく、一人で死んだ方が幸せだ。例え自分の骸が朽ち果てるまで風雨にさらされ続けようとも。
そんな風に思っている自分には、どうやっても、ルルーシュが抱えた孤独を理解することは出来ないのだう。
「ルルーシュさん…」
名を唇に乗せると、胸が疼く。
「…僕、ルルーシュさんのことが好きなのかな。ひょっとして」
手を軽く握って、ロロは手を胸に当てた。
もしルルーシュのような人が自分を迎えてくれるなら――きっとそこには帰りたいと思えるようになるんだろうな、とロロはぼんやりと考える。そしてそんなルルーシュを、不可能とわかっていながら理解したいと思っている自分は、やはりルルーシュが好きなんだろうな、と。
「変なの。…まだ、会って少ししか経ってないのに」
ロロはごろりと寝返りをうつ。ひんやりと冷えたシーツが頬の火照りをとってくれる。
「でも、ルルーシュさんも…。僕が欲しいものは、絶対にくれない。…絶対に」
ロロは自分に言い聞かせるように、呟いた。
誰かを好きになったのは、これが初めてではない。
だが、自分が好きになった誰も、ロロが心から欲しているものを与えてくれそうになかった。
だからロロは、それなら共にいても意味はないのだと、深い関係になる前に相手に見切りをつけ、背を向けてきた。
今度こそ、欲しいものを手にすることが出来る。そう信じる度に、信じる価値がないことに途中に気付く。そんなことを何度も繰り返した。
自分の欲しい「それ」をくれる相手のもとにしか、自分は「帰る」は出来ないのに。
「それ」さえ手に入れば、この旅は終わるのに。
――ひょっとしたら、この国にならあるのかもしれない、この国なら…。
そんな絶望に限りなく近い希望を抱きながら、死と隣り合わせの中で、国を渡り歩く日々に終わりを告げることが出来るのは、「それ」だけなのだ。
ルルーシュなら、ひょっとしたら「それ」をくれるかもしれない、と、どこかでかすかな希望を持ちながらも、期待を裏切られ続けた心は疲れ切り、信じる力を失っていた。
(ルルーシュさんが僕にあんなに優しくしてくれるのは、五年間、誰とも話せなかったから、だよね…。寂しくて、寂しくてたまらなかったから。それにきっと…、)
ロロの手が、シーツを掴んだ。
(誰にだって優しく出来る人なんだよね…。元々)
今回も、きっと、失敗する。
そして、死ぬまでこの旅は終わらない。
諦めが胸を支配する中、視界が何かでぼやけていき、ロロはゆっくりと瞳を閉じた。
* * *
「?」
ルルーシュはハテナ顔で、甘い香りの漂っているキッチンの天井を見た。クッキーが焼き上がったので先程から何度もロロを呼んでいるのだが、一向に反応がない。
聞こえてないのかもしれない。そう考えて、ルルーシュは二階への階段を上がった。
「ロロー。クッキー、で…」
続けようとして、ルルーシュは寝室の前で口を噤んだ。
身体を丸めるようにして、ロロがベッドで眠っていたのだ。
気持ちよさそうな寝顔に、しばらくは起きないだろうとルルーシュは判断し、足音を立てないようにして、ゆっくりとリモコンの乗っている机へと近づく。リモコンを手に取ると、クーラーの風がロロに直接当らないように調節した。それから、畳んであったタオルケットを、そっとロロの腰のあたりまでかけてやる。
「クッキーは包んで、明日出る時に持たせてやればいいか」
小さくそう独り言を言ってから、ロロが旅人なのだということを再認識する。ルルーシュはベッドの脇でしゃがんで、ロロの寝顔を眺めた。
ずっと大人びた表情を見せていたというのに、眠るとこんなにもあどけない。
『だって、道で当たり前のように人が死んでるなんてこと、この国ではないでしょう? 僕が見た国では、人の死体を平気で犬が食べてたよ。それに、ホテルやレストランで旅人を襲おうと待ち構えている人も、この国にはいないしね』
あんな言葉を口に出来てしまうような人生を歩んできた顔には、到底見えない。
だが、確かに自分はロロの言葉を聞いたのだ。
『僕には、一生、そんなもの出来ないと思う』
眠ってしまえば、自分よりかなり年下に見えてしまうこの少年が、どんな思いをしてきたのか、国から一歩も出たことのない自分には想像も出来ないのかもしれない。
それでも、帰るところ、迎える人が一生できないと思ったまま、ロロに旅を再開してほしくなかった。
思わずロロに手を伸ばしそうになりながらも、ルルーシュはその衝動を抑える。
(まだ、会って少ししか経ってないのに、な…)
ロロに触れたいし、触れられたいとも思う。
だが、自分が例えロロを欲していたとしても、ロロという旅人にとって、自分という人間は旅先で出会った人間その一に過ぎないだろう。
一人は国どころか家もまともに出られず、誰とも接することの出来ない人間。一人は国から国を渡り歩き、様々な人々との出会いと別れを繰り返し続ける人間。その二人が同じような感情を互いに持つとは思えない。
短時間の間に自分が急速に惹かれても、それがロロにとって不快だという可能性は大いにある。
(臆病になってるな、確実に)
ルルーシュは自嘲気味な笑みを浮かべた。
もし、五年以上前だったら、と思う。
おそらく自分がロロに惹かれている理由の一つに、自分が五年間、話す相手を求めていたというのはあるだろう。こちらの投げた言葉に、こちらの目を見ながら言葉を返してくれる他者。それは自分が望んでやまなかったものだ。
だが、例え五年以上前に出会っても、ロロに惹かれたと思うのだ。五年以上前の自分なら、一生独りで生きていくと覚悟を決めてしまっているこの少年を、放ってはおかなかっただろう。
一人には、させない。
そう言って、手を差し出していた筈だ。
それが今では、相手にどう思われるか、こんなにも恐れている。
辛い思いをしてもいい、それでも世界を見たいから、その為に旅をしているとロロが言ってくれたなら、悩みはしなかった。ロロを引き止めることが出来ない自分の弱さの言い訳として、「ロロが望んで旅をしているのだから」と、自分を説き伏せていただろう。
だがロロは、旅をする理由を、帰る国が、迎えてくれる人がいないから、と答えた。
これでは、自分への言い訳は出来ない。
拒絶される瞬間を頭に思い浮かべては、ロロに手を差し出せない自分の弱さを、弁護出来る要素はどこにもない。
手を差し出したい。
触れたい。
触れられたい。
そして、強くありたい。
そう、願っているのに。
五年の間にすっかり心の底から弱ってしまった自分は、危険と隣り合わせの中、一人で旅をしているロロを前に、「話がしたい」という一点で、一緒にいる時間をただ延ばすことしか出来なかった。相手が何を思っているのか、五年前から極端に恐れるようになってしまった自分が他にしたことと言えば、せめてロロがおいしいものを食べられれば…と、食事の準備をすることぐらいだ。
(ああ、そうだ。ロロが寝ている間に、色々と準備しないとな…)
ルルーシュは寂しげな表情を浮かべながら立ち上がり、寝室を出て行った。
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