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   旅の途中(5)



 短いアッシュブロンドの髪に指を絡めると、くすぐったそうな、鈴の鳴るような笑い声が響く。溢れてくる愛しさに負けて柔らかい細糸に口付けると、眠れないよ、と、甘く咎める声が耳を掠めた。
 悪かった、と、誤魔化すように表情を崩していると、自分の黒髪に、相手の指先が伸びてきた。
 触れられたその場所から、自分という名の器が暖かい何かで満たされていくような、そんな感覚がする。やがて戯れのように触れていた指が、黒髪を強く引っ張った。
 痛っ、と思わず声を上げると、だって眠いのに邪魔するから、と愛しい人は言った。
 わかった、大人しくしているよ、と返すと、半信半疑そうな視線をこちらに向けながらも、やがてその瞳はゆっくりと閉じられた。
 目に映る身体が、静かな寝息と共にゆったりと上下する。
 それから…。



「……っ!?」
 
 ルルーシュはこれ以上ないぐらいに目を見開いた。

「俺は…何をしていた…?」

 急に美しい世界が消えた苦しさの中で、ルルーシュはキッチンで立ち尽くしながら、そう口にしていた。冷蔵庫の取っ手に向かって手を伸ばしていることから、冷蔵庫にある何かを取ろうとしていたのは確かだ。だが、何を取ろうとしていたのか、覚えていない。
 ロロが眠る寝室から出た後、丁度、電話で注文しておいた食材が届き、それを受け取り、冷蔵庫に入れて。
 それからしばらく、香辛料だとか、必要なものを準備して。
 それから?
 その後から今までの記憶がない。
 この年齢でボケたのか。いやまさかこの俺に限ってそんな。
 若干焦りながらも、冷蔵庫の方に伸ばしていた手を引っ込める。

(落ち着け、ルルーシュ)

 ルルーシュは自分に語りかけながら、ゆっくりと深呼吸をした。
 何をしようとしていたか、未だ記憶は戻らない。だが、確かに言える事は、自分が何かの準備をしている時に、ロロのことを考え始めて、思考という深海の奥底に沈んでいたということだ。自分が何をしていたのかも、流れゆく時間のことさえも忘れる程に深く。
 沈んだ先で、理想の時間を夢想していた。ロロに対して何も出来ない現実の痛みを、癒すように。ひたすら、自分で創り上げたロロとの優しく甘い時の流れに、身を任せていた。
 目を閉じれば、何度でも、鮮やかに思い描くことが出来る。言動と不釣合いな程に幼さを残す寝顔、甘く自分をとがめる声、指先に絡みつく柔らかな髪…。

(まずいな…)

 いつの間にか目を閉じ、再び別の世界に行きそうになっていた所で、なんとか踏み止まる。
 ルルーシュはもう一度、深呼吸した。まだ、自分が何をしようとしていたのか、思い出せない。

(落ち着こう)

 ルルーシュはキッチンを出て、洗面台に向かった。

 水温を低めに設定して、洗面台にたまっていく水をぼんやりとルルーシュは見ていた。やがて水が危険なところまでたまったあたりで、慌てて水を止める。
 冷水で顔を洗いながら、

(言ってしまえれば、楽になるのにな)

 ルルーシュは思った。
 明日別れてしまうと思うから、手に入らないと思うからこそ、想像の中でのロロとの暖かな時間が美しく輝いて、自分を取り巻く時間から魂を連れ去ってしまう。美しく優しい輝きから戻ってきた時の胸の苦しさは、早く楽にして欲しいと願ってしまう類のものだ。

 言ってしまおうか、ロロに。一緒に生きたいと。
 言わなければ、ロロは確実に旅立ってしまう。
 ロロが行ってしまってから、どれ程共にいる時間を夢想した所で、その世界は手には入らないのだから。
 ……言って、しまおう。

 そう心に決めて、タオルで顔を拭いてから鏡に目をやった瞬間、左目の赤い光が目に飛び込んできた。

(そうだ、俺は……)

 決めたばかりの心が、揺らぐ。
 五年前の、自分の叫びが頭にこだまする。自分を包んでいた幸せな世界が終わり、孤独が始まる瞬間を告げた、叫びが。
 ルルーシュは自分の左目に手をやってから、今度は鏡に映る赤い光に手をやった。冷たい、硬い感触が指先から伝わってくる。ロロに自分のギアスが効かないとわかってはいても、この呪われた瞳を持つ自分の業に、ロロを巻き込みはしないだろうか、と思う。この身体が、魂が、ロロに触れることが許されるのか、とも。
 そして、この孤独が、自分が死ぬまで輝き続ける赤い呪いが、自分の業への罰だと言うのなら、自分の手でその罰を終わらせて、いいのだろうか。 

「…それで、いいのか?」

 自分に、問いかける。
 その問は、二つのことを訊いていた。

 自分の手で、この孤独を終わらせて、いいのか?(自分に、その資格があるのか?)
 このまま、ロロに何も告げずにいて、いいのか?(理想の時間を孤独に夢想し続ける…そんな未来で、いいのか?)

 答えはもう、出ていた。
 一つ目の問に対する答え。結局自分を許すのは誰かではなくて、自分自身。自分を愛せない理由を、「罰」に転化しているのだということは、自分が一番わかっている。孤独を終わらせたいと願うのなら、それを許すのも資格を与えるのも自分に他ならない。
 二つ目の問に対する答え。在るべき時間の流れから遠く離れて夢想するぐらいに、求めてやまないもの。それを手に入れる為にしなければいけないことが何か、わかっている。だから、何もせずにいていいわけがない。

 答えはでている。でているからこそ、苦しい。
 だから、再び、己に問わずにはいられないのだ。

「…それで、いいのか?」

 ルルーシュは、赤い光から目を反らさずに、鏡に映る自分に向かって、再度、訊いた。

 本当に。

 本当に、それで、いいのか?

 このままでいて、いいのか?

「俺は…」

 ルルーシュは、自分に答える。

「ロロと一緒に、生きたい」

 勝算のない勝負は苦手なんだけどな、と、ルルーシュは鏡に向かって微笑んで見せた。 


続きます。
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現在のお礼SS:ロロルルロロ一本。
効能:管理人のMP回復。感想一言頂けるととても喜びます。
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