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旅の途中(6)
真冬であれば夜の帳が落ちている時刻。
ルルーシュの自宅の庭では、そこに生える草花が嬉しそうに、少し色づき始めた日光を受け止めている。しかしその日光も、もくもくと一気に成長し、移動してきた分厚い雲にやがて遮断されてしまった。
途端に薄暗くなってしまった庭で、住人の葉が一枚、揺れる。
それを合図に、ざぁと音を立て、大粒の雨が降り始めた。
地面に水が浸み込み、気温が一気に下がり始めた頃。
ルルーシュはまだ眠っているロロを起こさないよう、足音に細心の注意を払いながら、寝室に足を踏み入れた。しばらくロロの寝顔を愛しげに見つめる。
隣で眠ったらぐっすり眠れるか、その真逆だろうなと思いながら、静かに寝室を抜け、ガラス戸を開けてベランダに出る。滝のような雨が、目の前で降りしきっていた。
自分が外で倒れた時の暑さが嘘のような、涼やかな風が前髪を揺らす。瞳を閉じれば、水音が心地よく耳に響いた。豊かな緑と潤いの香りを含んだ空気を、ルルーシュは思いっきり吸い込む。
夜を待たずに、こうして外の空気を気持ちよく吸える時間は貴重だった。気温が高いとどうしても気分が悪くなってしまう。
全てを洗い流してしまいそうな雨を前に、ルルーシュは再び目を閉じた。
* * *
「…んっ…」
ロロの瞳がゆっくりと開かれる。
ロロはしばらく不思議そうに天井を見てから、ああ、寝てしまっていたのかと納得して、上半身を起こし、視線をベランダの方にやった。
(ルルーシュさん…)
レースのカーテン越しに、心地よさそうに瞳を閉じるルルーシュの姿が見えた。とくん、と心臓が脈打った音が、妙に大きく耳に届く。
「…好き? ルルーシュさんのコト」
風で乱れた黒髪を優雅な動きで整えるルルーシュの指先に目を奪われながら、ロロは胸に手を当てて、自分に小さな声で訊いた。いつもより幾分高い体温だとか、ほんの少ししか離れていないというのに、その距離ですらもどかしいとざわめく胸が、その問いに明確に答える。そして、息が詰まるような苦しさが、確かに自分がルルーシュを好きなのだと教えてくれる。
(…ルルーシュさん。優しい人。…とても、優しい人。僕と違って…きっと色々な人に優しく出来る人。…そして、「誰か」と一緒にいたい人)
苦しい。どうしようもなく苦しい。
ロロは、ぎゅう、と服とシーツを掴んだ。自分に優しく微笑みかけてくれるルルーシュが好きだけれど、その微笑みは、自分でない誰かであっても、当然のように享受出来ていたものに違いない。
人と接することが好きなルルーシュがずっと孤独だったから。そしてルルーシュは優しいから。だから自分は歓迎された。
それを、忘れるな、ロロ。
ロロは自分にそう警告していたが、とろんとした瞳は、どこかでルルーシュの向けくれる笑顔が自分だけのものであることを期待していた。
(馬鹿だよね…そんな期待しても無駄だって、辛いだけだって、わかってるのに)
手に雨を受けようと、両腕を外に向かって思いっきり伸ばすルルーシュの背が、見える。
背を向けるルルーシュに振り向いて欲しいと同時に、振り向いて欲しくなかった。微笑を向けてくれれば、きっと嬉しいけれど。その微笑みが、自分が自分だから向けられたものではないのだと再確認してしまう瞬間は、喜びで打ち消せない程に、きっと苦しい。
振り向いて。あなたの瞳に僕を映して欲しいから。
振り向かないで。あなたの瞳に映る僕が、あなたの特別でないと、わかってしまうから。
振り向いて。あなたの顔を見ていたいから。
振り向かないで。あなたの顔を見ると、無意味な期待を抱いてしまうから。
振り向いて。あなたが好きだから。
振り向かないで。あなたが好きだから。
せめぎ合う二つの願いを込めたロロの視線が、二つの願いの内一つだけを叶えた。雨で濡れた手をハンカチで拭いてから振り向いたルルーシュと、カーテン越しに、ロロの目が合ったのだ。
ルルーシュは目を丸くしてから、微笑む。ロロも応えるように、上手く笑えているだろうかと思いながら、無理をして微笑んだ。
ルルーシュはガラス戸を開け、寝室に戻ってきた。
「おはよう。…そろそろ『こんばんは』って時間だけどな」
そう言いながらルルーシュは寝室に入り、ベッドに腰掛ける。
「ごめん。クッキー焼いてくれてたのに。…でも、起こしてくれればよかったのに」
早まる鼓動を誤魔化すように、ロロは言った。
「可愛い顔で寝てたから、起こせなくてさ」
「可愛い顔って…」
ロロがふてくされると、ルルーシュは声を上げて笑う。
「ははっ! 悪い悪い。…でも、気持ちよさそうに寝てたからさ」
(お願いだから、そんなに愛しそうに、目を細めないで)
ロロは自分の心臓が締め上げられる音を聞いた気がした。
好きだから。
好きだから。
好きだから。
だからお願い。これ以上あなたを好きにさせないで。
「クッキーは包んでおく。明日持っていける様に」
息も出来ないぐらいに、好きなのに。
僕はあなたの特別にはなれないから。
だから、これ以上、あなたを好きにさせないで。
「…ロロ? どうした?」
「!」
考え込んでいて、ロロにはルルーシュの話が聞こえていなかった。
心配そうにルルーシュに顔を覗き込まれて、只でさえ緊張状態の心臓が飛び上がる。
「…熱でも、あるんじゃないか?」
ルルーシュはそう言って、手をロロの額に手を当てた。
先程まで雨水をその手に受け止めていたせいか、冷たくて気持ちいい。その心地よさに身を任せるように、目をゆっくりと閉じそうになった瞬間、
『誰にだって優しく出来る人なんだよね』
自分がこのベッドで眠りに落ちる直前の、心の言葉が頭にこだました。
(…そう。この人は…誰にでも、優しく出来る人…)
お願い。大好きだから。
優しい貴方が大好きだから。
だから。
優シクシナイデ。
「!」
ルルーシュが、弾かれように身を引いた。
* * *
赤く色づいたロロの頬と、とろんとした瞳を見て、熱でもあるのかと、ルルーシュがロロの額に手を当て、もう片方を自分の額にやると、やはりロロの額は少し熱かった。
熱があるみたいだな、とルルーシュが口にしようとした時、
「!」
ロロの瞳から涙がぽろぽろと流れ落ちていて、ルルーシュは驚いて思わず身を引いてしまった。
何故、ロロが突然泣き出したのか、明晰すぎるルルーシュの頭脳が、瞬時に全五十七パターンの理由を弾き出す。が、五年間実践から離れていたのと、ロロがルルーシュにとってあまりに例外的な存在だったことで、そこで機能が停止してしまう。ロロの涙の理由を絞り込めなかった。
しかし、どうやら驚いているのはこちらだけではないようで、ロロもまた、身を引いたルルーシュを涙を流しながらも不思議そうに見ていた。
「ロロ…どうして、泣いて…」
ルルーシュがなんとか口に出来た言葉は、それが精一杯だった。
「え? 僕、泣いてなんて…」
ロロは言いながら、頬に流れる涙にふれた。
「僕…泣いて…る…?」
ロロはルルーシュを見たまま、呆然と言う。
「…僕は…」
呆然以外のなんの感情も映していなかった顔が、哀しみに染まり、やがてロロは自分自身の身体を抱きしめながら、声を出さずに泣き続けた。
俺はロロに何かしたのかっ!? とルルーシュの脳がロロの涙の理由を絞り込みにかかる。
(もし、俺が額に触れたことが、原因だとしたら…)
その可能性が一番高い。もし、そうなら。自分が触れたことが、ロロにとって、涙を流すようなことだとしたら。
最悪な予想がルルーシュの頭を掠めていくが、今はそんなことより、泣き続けているロロをなんとかするのが先決だ。
ロロの肩に手をやろうとして、ルルーシュはすぐに手を引っ込める。
もし、自分が触れたことが原因であるなら、うかつに触れるのは避けなければならない。
「ロロ」
ルルーシュはロロにハンカチを差し出した。本当は拭いてやりたかったが、それでまた泣かせてしまってはいけない。
ロロがルルーシュからハンカチを受け取った時、ルルーシュの頭脳は高速で空回りしていた。
どうすればいいのかわからない。
下手に触れることが出来ないから抱きしめるわけにもいかない。ただ、傍にいることしか出来ない。
ならば。
考えろ。ロロの為にかけられる最善の言葉を。考えろ。
* * *
苦しくて仕方がない。
好きだから、優しくして欲しくて。
好きだから、優しくして欲しくなくて。
ルルーシュの優しさの中に本当は溶けてしまいたかったけれど、そこに自分の欲しいものが無いことはわかっていた。優しさに身を委ねて、ルルーシュを今よりもっと好きになってしまった先に絶望しかないなら、最初からルルーシュの愛情など求めるべきではないのだ。
お願い、優しくしないで。
お願いだから。
そう懇願しながら、ルルーシュのハンカチで涙を拭き、ルルーシュの優しい言葉を待っている自分は一体なんという愚か者なのだろう。
涙が止まらない中ルルーシュを見れば、ルルーシュは深刻そうな顔をしていた。
「ごめん。…急に…泣いて…」
「ああ…気にするな…」
ルルーシュは表情を変えず、ロロから目を反らして言った。
微笑みかけて欲しくないと、優しくしないで欲しいと願ったのは自分自身なのに、ルルーシュのその態度に傷ついてしまう。
(…馬鹿すぎる)
何の前触れもなく泣き始めた人間をルルーシュはどう思うだろう? そう思うと頭が急に冷め始めた。自分がやっているのは優しいルルーシュをいたずらに困らせているだけだ。
本当は苦しかったから泣いたのではなくて、ルルーシュの気を引きたくて泣いたのではないかと、自分への猜疑心が大きくなるにつれ、自然と涙は引いていった。
* * *
ルルーシュが何もロロに言えない中、ロロはやがて泣き止んで、礼を言ってハンカチをルルーシュに手渡した。
自分が触れたのが原因ということはわかっても、そこから導き出される「最善の言葉」は最終的に六パターン残り、結局絞りきれず、
「…悪かった」
ルルーシュにはそれしか言えなかった。
「…え? どうして、謝るの?」
「俺が触れたのが、嫌だったんだろう?」
通常のルルーシュであれば、ロロがきょとんした顔で「どうして、謝るの?」と返せば、自分が誤解していたことに気付いただろうが、他の誰でもないロロに泣かれたことのショックがあまりに大きすぎた。
ロロへの大きすぎる好意ゆえに空回りしかしない思考は、事態を悪い方へ悪い方へと捉えた。ルルーシュが恐れる最悪の状況こそが現実なのだと、ロロに確かめることなく、ルルーシュは誤解していた。
ルルーシュが恐れていたこと。それは、出会いと別れを繰り返す旅人と、五年間を孤独に過ごした者の感覚の差。自分が惹かれていても、それがロロにとって不快でしかないこと。
ロロに触れたいと望んでいただけに、まるでそれすら見破られてロロに拒絶されたような感覚に、ルルーシュは陥っていた。
* * *
(何、言ってるの…?)
* * *
(やはり、そうだったのか…)
ルルーシュはロロの沈黙を、自分の問への肯定と取った。
ロロと一緒に生きたい、という希望ががらがらと音を立てて崩れていく。
当然なのだ。わかっていた筈なのだ。自分はロロにとって、旅先で出会う多くの人間の一部にしか過ぎないのだと。
出会って数時間しか立っていないのに、ロロと一緒の、幸せな未来を夢想する自分がおかしいのだと。
それでも、ひょっとしたら、と思ったのだ。
ひょっとしたら、ロロが受け入れてくれるかもしれない、と。
まだ時間はある。まだ、チャンスはある。それはわかっていたし、ロロを諦める気はないが、好意を口にする前に触れた手を拒絶された今、この部屋にロロと共にいるのはあまりに辛すぎた。
ルルーシュは立ち上がり、微笑んで言った。
「夕飯の準備をしてる。…できたら、呼ぶから」
* * *
ロロはルルーシュの微笑を見て、はっ、とした。
(…この人も僕と同じ。辛い時こそ、笑うんだ。自分を騙す為に)
だからわかる。ルルーシュが今、辛さを覆い隠すために、無理矢理に笑っているのだと。
(そんな風に、笑わないで)
無理矢理に笑う瞬間がどれ程痛むか知っていたから、ルルーシュにそんな風に笑って欲しくなかった。
だが、ロロには、何故ルルーシュがそんな思いをしているのかが理解出来なかった。
ルルーシュに辛い思いをさせ、無理やりに笑わせたのは、自分の涙だということ。それはわかるのだが、何故ルルーシュがそこまで辛い思いをしなければいけないのか、答えにたどり着けない。
どうして? と必死に考えるが、わからない。
たった一つだけ、説明出来る答えがあった。だがそれはありえない答えだった。
もし、ルルーシュがロロに好意を抱いていたとしたら。
ロロの涙を拒絶だと思い込み、それに深く傷つく程にロロを想っているとしたら。
(ありえない。そんなことは絶対にありえない。…だって、僕をそんな風に想ってくれる人なんて、いるわけが…)
ルルーシュがロロに背を向ける。顔が見えなくなる瞬間、ロロは確かに見た。
ルルーシュの顔に貼り付いた笑顔が剥がれて、その顔が悲しみと痛みに染まっていたのを。
そんな顔しないで。
…そんな顔、しないで!
「ルルーシュさん!」
ロロはいてもたってもいられず、ベッドから出て、ルルーシュの腕を強く引っ張り、叫んだ。
部屋を出ようとしていたルルーシュが驚いて振り返る。
何か、言いたかった。言いたいことが沢山あった。
だがそのいずれも言葉にならなかった。
好きだから、好きになって欲しくて。
好きだから、好きになって欲しくなくて。
好きだから…。
気付けば、ロロは自分の唇をルルーシュのそれに重ねていた。
続きます。
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