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旅の途中(7)
ロロの突然の口付けに、紫と、紫の上に赤色の刻まれた双眸が驚愕で見開かれる。
吸い込まれるような紫色の瞳に、自分の顔がいっぱいに映っていた。ああ、一体、突然何をしているんだろうと思いながらも、そこに映る自分の顔は決して後悔しているものではなかった。寧ろそこにあったのは、塞き止めていた思いを解放した、深い安堵感だった。
好きだから、好きになって欲しくて。
好きだから、想いが通じ合った先にある絶望に胸を刺されたくなくて、好きになって欲しくなくて。
でも本当は、愛した人には、心から愛して欲しい。
好きだよ、と瞳で告げる。
ロロの瞬きによる言葉を受け取ったルルーシュは、数度瞬きしてから瞳を閉じて、ロロを抱き寄せた。ロロの身体中が、喜びにざわめく。
ルルーシュが自分を想ってくれているわけがない。そんな考えが、ルルーシュの抱擁であっという間に溶け去っていった。
今なら、わかる。何故ルルーシュが「俺が触れたのが、嫌だったんだろう?」なんて、言ったのか。ロロのことがたまらなく愛しいからこそ、触れた手を拒絶されることを、ルルーシュは恐れていたのだ。
愛しい人が、そこまで自分を想っていてくれていたことが、心から嬉しかった。
ロロもまた瞳を閉じて、ルルーシュの背に手をまわす。
見た目以上に細い身体に内心驚きながらも、腕いっぱいに感じるルルーシュに愛しさがこみ上げてくる。
(この人なら、僕の欲しいものをくれるのかもしれない)
抱き合いながら、ロロはふと思った。
ルルーシュを信じたい。ルルーシュこそが、行く当てのないこの旅を終わらせてくれる人なのだと。
(…でも…)
好きだからこそ、怖い。この人を想う苦しさに涙を零す程愛した先に、そして信じた先に、欲するものがなかったとしたら。魂を引き裂かれた痛みを抱えたまま、また一人の旅に戻らなければならないとしたら。
キスを終えて瞳を開くと、一瞬だけルルーシュと目が合った。
互いに相手の目を見ていられずに、頬を染めて目を反らしてしまう。しかし、それは気まずいものではなかった。気恥ずかしさは漂っていたが、どこか、幸せな瞬間ですらあった。
もし、もしこの人と一緒に生きることが出来たなら、きっと笑って生きていけるんだろうな、と暖かい未来を思わず想像してしまう。不可能だとわかっていても、期待せずにはいられないほど、それは優しくて美しい未来だった。
「…さっき泣いたのは、ルルーシュさんに触れられたことが嫌だったからじゃ、ないから」
沈黙を破るために、ロロは言った。
反応が無いルルーシュにちらりと目をやると、
「…ルルーシュさん?」
ルルーシュは心ここにあらずという様子だったので、ロロは声をかけた。
「…頭が、くらくらする…」
「え」
全く予想していなかった言葉にロロが驚いていると、ルルーシュはよろよろとしながら、ベッドに仰向けにばたりと倒れこんだ。
「大丈夫!? 水、持って…」
慌てて部屋を出て行こうとしたロロの手を、ルルーシュがしっかりと掴んだ。
「大丈夫だから…、傍にいてくれ」
「でも…っ!」
「大丈夫だ」
しっかりとした声で言われ、ロロは逡巡してから頷いて、ルルーシュの手を握ったままベッドに腰掛ける。つい先程額に触れた時はひんやりとしていた手が、熱を持っていた。
ルルーシュは安心したように、ふぅ、と息を吐き、手を自分自身の目の上におく。大丈夫だろうか、とロロが内心心配していると、
「俺は今、すごく幸せだよ…」
ルルーシュはぽつりと言った。ルルーシュは目の上に置いた手をずらし、右の目でロロを見た。
俺は 今 すごく 幸せ だよ。
ルルーシュの言葉が、ロロの胸で反響する。
俺は 今 すごく 幸せ だよ。
何故幸せなのか、問う必要はない。
ルルーシュの視線に捕らわれながら、思う。泣き出したいぐらいに幸せなこの時間が、ずっと続けばいいのに、と。
でもきっと、この時間もすぐに、あっけなく終わるのだろう。ならばせめて、儚く短いこの幸せな瞬間を、他の何からも邪魔されずに抱きしめていたかった。欲しいものが手に入らず、旅が終わらなくても、ルルーシュとの幸せな思い出があれば、きっと、生きていける。だから今は、何も考えずに、ただルルーシュを愛していたい。
* * *
頭がくらくらとしたのはきっと、突然、驚愕と、喜びと、幸せの津波に襲われたからだ。
ほんの数分前までロロに拒絶されたと思い込んで絶望の淵に立たされ、そしてロロと同じ空間ににいることさえ絶えられない、と部屋を出て行こうとしていた所に降ってきた、突然のキス。
ルルーシュさん! と自分の名を叫ばれて振り向いた瞬間のあまりの驚きに、ルルーシュの思考は完全にショートしていた。
自分に何が起こっているのかようやく理解した時、目の前にあるロロの瞳のゆっくりとした瞬きと、細められた瞳の中にある好意を、ルルーシュは確かに受け取った。
驚愕の波の後に、すぐに喜びの波がやってきた。
ただ喜びのままに、ルルーシュはロロの身体をかき抱いた。それに応えるように、ロロの手が自分の背に服越しに触れた瞬間、どれほどの歓喜が自分を走り抜けたことか。
キスを終えた時には、頭が再び真っ白になっていた。暗い場所から突然光溢れる場所に放り出されたように、ルルーシュはなかかなか現実に馴染めなかった。
ロロの声で我に返った時、頭がくらくらとし始めた。
ベッドに倒れこみながら、ルルーシュは幸せをかみ締めていた。それこそ、数分前のロロのように泣き出してしまいそうなぐらいに。ほんの少し前までロロの涙を前に無理矢理微笑んだことなど、遙か昔の夢のようだった。
「俺は今、すごく幸せだよ…」
思わずそう口にして、ロロを見る。
その言葉に、愛しい人は繋いだ手をぎゅう、と握った。
「僕も今、幸せだよ。…また、泣きそうなぐらいに」
愛しい人の顔に、ルルーシュが初めて見る、柔らかなほころびが浮かんだ。長い冬を耐え、待ち望んだ春を迎えた花のような、そんなほころびが。
ロロの潤んでいる瞳を見ながら、この暖かな微笑みの中に流れる涙なら、流れてしまってもいいと思った。また泣かせてしまうことへの罪悪感が少しはあるけれど、それが溢れる幸せの証なら、二人で一緒に泣いてしまえばいい。二人できらきらと光る涙を流しながら、互いに想い合っていたことの幸福を、微笑んで分かち合えればいい。
「…ゴメンね。さっき、辛い想いさせてたんだよね」
「そのお陰で今こうしていられる。…謝ることじゃない」
「優しいね。…そういうところ、好きだよ」
「そこだけか?」
意地悪く言えば、ロロは首を横に振った。
「今まで見た、ルルーシュさんの全部が好きだよ。ルルーシュさんのこと、もっと知ったら、きっともっと好きになるんだと思う。…ルルーシュさんは? 僕の何処が好きなの?」
「全部に決まってるだろう?」
* * *
―― 僕の何処が好きなの?
―― 全部に決まってるだろう?
優しい筈の言葉が自分の心を鋭く抉る。
全部に決まってるだろう? なんて。
(それは、本当の僕を知らないから言える言葉だよ)
自分の心の奥底にある暗い部分が、そう告げる。
だが、それでも良かった。ルルーシュが本当の自分を知らずに、ロロの全部が好きだと口にしていても。
今、愛してもらえるなら。今、見詰めてもらえるなら。
本当は、愛しい人には自分の全てを知っていて欲しいけれど、そうなれば、きっとこの人は、もう二度と自分に微笑みかけてはくれないだろう。傍にいることさえ許してはくれないのだろう。
だから、これで、いい。
今。短く美しい今だけ、幸せであれば。明日別れ、二度と会えなくなっても、構わない。
一度でいいから、死ぬ前に、誰かに愛されたいという願いは、叶った。
だから、今は。せめて、今だけは、愛しいこの人に、ただ、愛されていたい。
その思い出を抱いて死んでいけるなら、それが誰も訪れることのない冷たい土の上でも、きっと笑って逝けるだろう。
(僕は一生、誰かと幸せになることは出来ない)
もう、手遅れなのだろう。その呪いを解くのは。
やっと信じたいと思える人に出会えたのに、自分の何処を探してもルルーシュを信じる力を見つけられないのだ。
(…せっかく、めぐり会えたのに…)
もっと早く出会えていたら、信じることができたのだろうか。いや、違うのだろう。自分は最初から、旅が始まる前から、諦めていた。欲しいものは手に入らない。呪いは解けない。旅は自分の命が尽きるまで終わらないと。
「…ねぇ、ルルーシュさん。もう一度、キスしてもいい?」
だから。
今だけでいい。
今だけでいいから、抱きしめきれないぐらいの幸せをください。
その幸せで、これからの独りの生を照らしていけるように。
「一度と言わず、何度でも。…こちらからお願いしたいぐらいだよ」
ルルーシュの言葉にロロが苦笑すると、ルルーシュは上半身を起き上がらせた。
二度目のキスは、二人が同時に相手を引き寄せ合って、始まった。
長い間、羽毛が触れ合うような優しいキスが繰り返された。
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