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  旅の途中(9)



 ルルーシュ特製のソースが絡みついたビーフを、ゆっくりとナイフで切って、立ち昇ってくる香りの中でパクリ。スプーンを立てた時の、シャリ、という音も楽しみ、そして口にするレモンシャーベッドの冷たい酸味。目を閉じれば、美しく盛り付けられた料理の数々を鮮やかに思い出すことが出来る。
 この家で数々の美味を舌にのせたその瞬間を思い出しながら、ロロはほんわかとした顔をしてソファーで横たわっていた。

「ああ美味しかった…もう…他の人の料理は食べられないかもしれない…」

 料理人でも目指していたの? と、思わずルルーシュに訊いてしまったぐらいの、最早中毒にでもなりそうな程美味しい料理達。舌があの料理に慣れきってしまったら、旅先での食事など口に出来なくなってしまうだろう。
 他のことを全く考えられず、ただ満ち足りた気分の中にいると、

「餌付け大成功」

 いつの間にかやってきていたルルーシュが悪戯っぽく笑い、ロロを見下ろしながら言った。

「失礼な。…餌がなくてもとっくに懐いてたよ」
 
 膨れながら言っても、全く怒ってないことは明白で、ロロの言葉にルルーシュはただ笑みを深くするだけだった。
 ロロがルルーシュに手を伸ばすと、ルルーシュはその手をとって、手の甲に口付ける。

「美味しかったよ。…本当にありがとう」

 ロロが言うと、ルルーシュはロロの手をロロの胸の上に置いてから、答える。

「食事をしている時のロロの方が余程美味しそうだった」
「え?」

 ご馳走様、と、さらりと言われてロロがきょとんとしていると、ルルーシュは声を上げて笑ってから、ソファーの脇にしゃがんだ。

「ロロ。…俺もデザートが欲しいな。俺の分は誰かさんにあげてしまったから」

 ルルーシュが言うと、ロロは何回か瞬きをしてから、いいよ、と言って微笑を浮かべ、両腕をルルーシュに向かって伸ばした。ルルーシュは誘い込まれるがままに、腕の中に入り、ロロの口唇に口付けた。ロロはルルーシュの首に手をまわす。
 啄ばむような口付けを繰り返した後、

「あれだけ美味しそうに食べてもらえるなら、手間は惜しまないよ」

 そう言いながら、ルルーシュの手がそっと、ロロの頬に触れる。


「あと、何度でも…何回でも。…これからも、ずっと」


 あと、何度でも。何回でも。…これからも、ずっと

 ルルーシュのその言葉の意図を察して、ロロが目を見開く。

 どうしよう。どう答えれば…。

 戸惑っていることを悟られたくなくて、目を反らしたいのに、間近にある紫の双眸はロロの視線が逃げることを許してはくれなかった。
 ロロが急いで答えを考えていると、

「シャワー、浴びてくるよ」

 ルルーシュは目元に作りものめいた微笑を浮かべながら、言った。

「…うん」


 ルルーシュがリビングからいなくなったことを確認してから、

「どうして、そんなこと言うの…?」

 ロロは呟いた。今幸せならそれでいいと、ルルーシュと一緒の未来を諦めた自分に、明るい未来の欠片など見せては欲しくなかった。ついさっきまで満ち足りていたのに、また嫌な気分に逆戻りだ。

「未来なんて、いらない…」

 今は未来のことなど考えたくなくて、先程までの気分を思い出そうとするが、一度断ち切られてしまった満ち足りた気持ちは二度とは戻ってこなかった。

*   *   *

 かなり長い間ソファーの上で悶々としてから、ロロは身体を起こし、窓の方を見た。雨がやみ、雲の通り過ぎた夜空で星が光っていた。

(少し、気分転換でもしようかな…)
 
 庭にいます、とメモをテーブルに残して、ロロは庭に出てみた。雨が降り続けたせいか、昼間の熱気を忘れてしまいそうな、少し肌寒いぐらいの空気が漂っていた。
 ドアを閉めて、庭の外まで出てみる。道には誰もいない。目に入るのは微風に葉を揺らす木々と、通る人間もいないのに等間隔に立てられた街灯だけだった。
 庭に戻って、ロロは星空を見上げた。空気を清浄にするシステムが整っているのだろう。無数の星々が夜空に散りばめられて輝いていた。

「明日の夜は……どんな気持ちで、空を見上げてるのかな…」
 
 ロロは呟くように言った。
 明日の夜……想像もつかない。ルルーシュと別れ、出国して。どの国のものでもない土の上で見上げる夜空が自分にどのように映るのか。星空を映す自分の瞳に浮かぶ感情が何なのか。その先にある無数の夜の連続を、これから自分がどう生きていくのか、全くわからない。
 ただ一つ言えるのは、この夜が、ルルーシュと過ごす最初で最後の夜だということだ。

『もし、帰る所が出来たら…。迎える人がいる家が出来たら…。ロロの旅は、そこで終わるのか?』
『あれだけ美味しそうに食べてもらえるなら、手間は惜しまないよ…あと、何度でも。何回でも…これからも、ずっと』

 ルルーシュが発した言葉を思い出す。
 ルルーシュが、ロロと一緒に生きたい、と望んでいてくれていることは、痛い程にわかっていた。それに自分が返事をしないことで、ルルーシュが持つであろう感情がどんなものなのかも、わかっている。本当は自分も、ルルーシュと一緒に生きていたい。この気持ちとルルーシュの気持ちが同じだというのなら、ルルーシュの言葉をはぐらかし、首を縦に振らない自分の態度がどれだけルルーシュを悲しませているのか、わかる。

「一緒にいられたら、いいのにね」

 だが、ルルーシュを信じ抜くことが出来ないのであれば、これ以上共にいても辛くなるだけだ。一緒に生きる時間が長くなればなる程に、きっと嘘が増えていく。愛する人に、自分を隠し続けてはいたくない。しかし自分をさらけ出せば、二度とルルーシュに愛されることはないだろう。
 それなら、愛された思い出が穢れる前に、別れた方がいい。
 一度でいい。一度でいいから、死ぬ前に誰かに愛されたい。そしてその人を愛したい…その願いは叶ったのだから。

「別れる方法は一つしかない、か…」

 どうやっても別れは辛くなる。別れの辛さに負けて、ルルーシュと共にいることを選べば、その先にはおそらく、死ぬより辛い苦痛が待っている。
 それなら明日、ルルーシュが目を覚ます前に家を出るしかない。ルルーシュに気付かれないように、そっと。
 


「ロロ」

 しばらくロロが一人で夜空を見上げていると、玄関のドアが開き、ルルーシュが庭へと出てきた。

「…ルルーシュさん」

 不思議だな、とロロは思った。どんなに辛いことを考えていても、ルルーシュの顔を見ると、自然と顔が綻んでしまう。

「星を見てたのか?」
「…うん。それと、少し夜風に当たりたかったんだ」

 ルルーシュはロロの近くでしばらく星を見上げてから、ロロを背中から抱きしめた。
 夜風で冷えた身体に、ルルーシュの体温が心地よかった。

「寒くないか?」

 ロロはルルーシュの腕に手をやって、

「ん…。少し寒いかも…。だから、もう少し暖めて?」

 目を閉じながら甘えるように答えた。
 ほんの少しでも長く、ルルーシュの存在を近くに感じていたかった。




「空に、還ってしまうんじゃないかと思ったよ」

 ルルーシュに背を抱かれながら、何も言わずに時間が流れるままに身を任せていると、ルルーシュが唐突に言った。

「僕が、空に?」

 ロロは目を開いて、訊いた。

「そう。…こんな話を聞いたこと、ないか? 細かい所は色々、語る人によって違うんだが…。ある天使が、翼に怪我を負って地上に落ちてくる。そしてある人間と出会う。短い間に二人は愛し合うけれど、ある朝、人間が起きると天使がいなくなっている。人間の方は天使を探して彷徨うが、結局見つからない。見つけようがなかったんだ。何せ相手は空に還ってしまったから。残された人間は、寂しさと失望の中で死んでしまう」
「…救いようのない話だね」
「そう、酷い話だ。…残された方の死に方も、孤独の中で病にかかって死ぬというものが多いが、自殺したというものもある。死んだら、天使に会えることを願って」
「…自殺は、ないんじゃないかな」
「そうか?」
「だって、天使は空に還ったんでしょう? でも人は死んだら土にしか還れない。自殺しても、会えないよ」
「そんなことがどうでもよくなってしまうぐらい、孤独を感じていたとしたら? 自殺しても会えないことが分かっていても、また会えることだけ考えて死ぬことだけが、希望になっていたのかもしれない」

 ルルーシュが、ロロを抱く腕に力を込める。

「…俺は、そんな風にはなりたくない」
「僕は天使じゃないよ」

 きっと悪魔って言う方が正しいんだよ ―― と、喉まで出かけた言葉を、ロロは押し戻す。

「俺にとっては、同じことだよ…だから、こうして捕まえておかないと不安なんだ。置いていかれそうで」
「…どうして? 僕はルルーシュさんを置いて行ったりしない」

 ざくり、と音を立てて自分の嘘が、自分の心を切り刻む。
 ルルーシュから自分の顔が見えていなくて良かったと思う。見えていたら、痛みに耐える自分の顔で、すぐに嘘だと見破られてしまっただろう。
 嘘の鋭い刃を身に受けながら、思う。ああ、やはり自分はこの人に嘘はつけないのだ、と。
 痛くて、痛くて。その場から逃げ出してしまいたくなる程に痛くて。

 …やはり、別れるしか、ないのだ。

 ルルーシュに、真実を告げることも出来ず、嘘をつく痛みにも耐えられないというのなら。

*  *  *

 もう少し星を見ていたい、と言うロロを庭に残し、ルルーシュは先に家に入ると、腕を組んでドアに背を預けた。
 食事を終えた後のリビングでの会話、庭で紡がれたロロの言葉、自分が仕掛けた言葉へのロロの返事。目を閉じて、これらを頭の中で分析していく。そこから導き出される答えの信頼性を高める為に、更に他のロロの言動も加えて再分析する。今日一日、空回りばかりしていた頭が、この時は本来のルルーシュの持つ能力に見合う働きをしていた。

 やがて分析を終えて瞳を開いたルルーシュに浮かぶ表情は、決して明るいものではなかったが、その瞳には決意の炎が燃えていた。

「条件は」

 ルルーシュはゆっくりと口を開いた。

「必ずクリアーする」

 そう言ってから、ルルーシュは足を踏み出した。リビングの奥へと歩を進めながら、手を強く握る。

「…この手で、必ず」

 ルルーシュの目の先には、ソファーに置いてあるロロの鞄があった。




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現在のお礼SS:ロロルルロロ一本。
効能:管理人のMP回復。感想一言頂けるととても喜びます。
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