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旅の途中 (11)
太陽が東の地平線から顔を覗かせる少し前に、ロロは目を覚ました。すぐ後ろでルルーシュが眠っていたが、ロロは振り返らず、鞄を持って寝室を後にする。
本当は、もう一度ルルーシュの顔が見たかった。だが今振り返れば、この家を去ることが出来なくなってしまう。
顔を洗い、身支度を整えてから、リビングにあった便箋を一枚取る。鞄をテーブルに置き、立ったまま、ロロは便箋をテーブルに置いて、ペンを滑らせた。
黙って出て行くことへの謝罪、泊めてくれたことへの礼を、途中で何度かペンを止めながらも、書いていく。
便箋が四枚目になった時、ペンが長い間、止まった。ルルーシュと出会えて良かった、と書きたいのだが、どのように書けばいいだろうか、と考える。
やがて、再びペンが動いた。
『たった一日だったけれど、本当に幸せでした。貴方が言っていたように、出会えた奇跡に心から感謝したい。旅に戻っても、貴方と共に過ごした思い出さえ』
そこまで書いた時、ロロは強烈な違和感に襲われて、ペンを止めた。
旅 ニ 戻 ル ?
「……あっ……」
ペンがロロの指から滑り落ちた。だがロロはペンを拾わず、空ろな目で宙を見る。
「旅に…戻…る…?」
そう口にすると、違和感は一気に高まった。何かがおかしい。しかし何故おかしいと感じるのかわからない。ロロは便箋に目を落とし、小さな声で、書きかけの最後の文章を口にした。
「たった一日だったけれど、本当に幸せでした。貴方が言っていたように、出会えた奇跡に心から感謝したい。旅に戻っても、貴方と共に過ごした思い出さえ…」
音読したものの、何故違和感を覚えたのかがまだわからない。
「旅に戻っても、貴方と共に過ごした思い出さえあれば、僕は生きていけるでしょう」
ロロは、まだ便箋に書かれていなかった部分を口にした。
『旅に戻っても、貴方と共に過ごした思い出さえあれば、僕は生きていけるでしょう』
「…ここだ」
あまりに強烈すぎる違和感は、明らかにここから来ている。
『旅に戻っても、貴方と共に過ごした思い出さえあれば、僕は生きていけるでしょう』
自分が何故、最後にこの文章を書こうとしていたのかを、よく考えてみる。
「幸せだった…だから…ルルーシュさんとの思い出があれば、これからも生きて…」
そこまで言ってしまってから、ロロは違和感の原因に気付いてしまった。
『旅に戻っても、貴方と共に過ごした思い出さえあれば、僕は生きていけるでしょう』
旅ニ戻ル。生キテイケル。
生キテ、イケル?
「もう…生きてる必要が…なくなった…?」
ロロは、呆然と言った。
数年前の自分の言葉を思い出す。
『一度でいい。一度でいいんだ。
一度でいいから、死ぬ前に誰かに愛されたい。そして僕もその人を愛せたら、それだけで、十分だよ』
その願いこそが、今まで自分が、生きてきた理由。
幼い頃、冷たい雨に打たれながら、
『まだ、死にたくないよ』
と言ったのも、一度でいいから、自分という存在を誰かに受け入れて欲しかったから。それまでは、死にたくなかったから。
願いは叶った。叶ったのだ。
ルルーシュと共にいた時間が、人生で一番幸せな時間だったと胸を張って言える。
ならば、これ以上、辛い旅を続ける必要はない。もう、たった一人で、あてもなく彷徨わなくていい。
旅をこの手で終わらせればいいのだ。自分の命と、一緒に。
そうすれば、もう二度と、思い出したくないことを思い出すこともなくなる。楽になれる。
ロロは右手を腰のあたりにやった。いつもならそこにある筈の固い感触がない。銃・ナイフ類は一切この国に持ち込めない為、国境で預けてきたからだ。
散弾内蔵弾使用銃。ロロが国を出る前から、ロロと共にある銃だ。またの名を「安全銃」とも言うが、これはあくまで、貫通・跳弾しない為、ターゲット以外は安全という意味だ。この銃が持つ凄まじい残虐性への皮肉として「安全銃」の名が使われることもある。本来は、残虐性故に公的な使用が多くの国で禁止されている銃なのだ。人体に入れば、体内で散弾をばら撒きながら臓器を次々に破壊する。一発撃ち込まれれば、受けるダメージは計り知れない。
「国境まで戻れば…国境まで戻りさえすれば……」
国境まで戻りさえすれば、武器を取り戻せる。そうしたら、この国から離れた所で(ルルーシュのいる国の地を、自分の血液で汚したくはない)、旅を終わらせればいい。ルルーシュとの思い出が鮮やかなうちに。
そこまで考えてから、ロロの頭に、もう一つの可能性が浮かんだ。
どうせ、死ぬのなら、賭けてもいいのではないか。
ルルーシュの傍にいる未来を手に入れる為に。
叶わないと諦めてきた本当の望みを、叶える為に。
「出来ないっ……!」
ロロが悲痛な声をあげた。
残っていない。自分の何処にも信じる力が残っていない。何もかも知った上で、ルルーシュが自分を受け入れてくれるとは思えない。
ルルーシュにだけは憎まれたくない。愛された記憶だけを抱いていたい。
「愛している」と告げてくれたその口で、憎しみの言葉を紡がれたら、死んでも死にきれない。
幸せだった。本当に幸せだった。
ならば、これ以上望んではいけないのだ。
生きていて良かった、と心から思えたのだから、それで十分。
更なる望みを持つことで、やっと手に入れた優しい思い出を失いたくはない。
自分の世界は、自分が生きていることを否定する言葉ばかりが満ち溢れていた。空気や水と同等の存在だったその冷たい言葉達は、完全にロロの血肉となってしまっている。自分はこれまでも、これからも、誰にも生を望まれない人間なのだと、そうとしか認識出来なくなっている。
そんな自分を、ルルーシュが照らしてくれた。
ずっと凍えながら望み続けた、暖かな陽光の中で溶け去っていけることこそが、自分の手に入れること出来る、最高の幸せなのだろう。
それなのに、その筈なのに、「死にたくない」と叫ぶ自分がいる。
死にたくない。生きていたい。ルルーシュの傍で笑っていたい、と。
ロロは首を振った。
「ルルーシュさんと一緒に生きることは出来ない…。それに旅に戻っても、もうきっと、辛いことしか起きない…」
そう言葉にすることで、「死にたくない」と叫ぶ自分の声は、弱まっていった。
「無駄なんだ…希望を持っても…。だから…」
もう、僕は「明日」を迎えてはいけない。
そう言い切ってしまうと、もう、異議を唱える者は自分の中から消え失せた。
早く。早くこの手で旅を終わらせよう。
それだけが頭を支配する中、ロロはメッセージを完成させようと、落としてしまったペンを拾う為に、しゃがんだ。
「…え?」
その瞬間、あってはならないものが視界の隅に見えて、ロロは思わず声を上げた。
震える手でペンを握り、立ち上がる。
恐い。見たくない。でも見なければいけない。
ロロは、ゆっくりと、自分の右を見た。
「――っ!?」
ロロは幽霊でも見たような顔をして、息を呑んだ。
どうして? どうして? 一体いつから?
そう口にしたいのに、ただ動くだけで音のでない口は、水面近くで空気を求める魚のように動いた。
ロロの視線の先には、腕を組んだルルーシュが壁に背を預けて立っていた。
「…おはよう。やっと気付いたな…だいぶ前からここにいたのに。集中してたみたいだから、邪魔しちゃいけないと思ってさ。待ってたんだ」
ルルーシュがにっこりと底の知れない笑みを浮かべて、言った。
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