忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




 旅の途中 (11)



 太陽が東の地平線から顔を覗かせる少し前に、ロロは目を覚ました。すぐ後ろでルルーシュが眠っていたが、ロロは振り返らず、鞄を持って寝室を後にする。
 本当は、もう一度ルルーシュの顔が見たかった。だが今振り返れば、この家を去ることが出来なくなってしまう。

 顔を洗い、身支度を整えてから、リビングにあった便箋を一枚取る。鞄をテーブルに置き、立ったまま、ロロは便箋をテーブルに置いて、ペンを滑らせた。
 黙って出て行くことへの謝罪、泊めてくれたことへの礼を、途中で何度かペンを止めながらも、書いていく。
 便箋が四枚目になった時、ペンが長い間、止まった。ルルーシュと出会えて良かった、と書きたいのだが、どのように書けばいいだろうか、と考える。
 やがて、再びペンが動いた。

『たった一日だったけれど、本当に幸せでした。貴方が言っていたように、出会えた奇跡に心から感謝したい。旅に戻っても、貴方と共に過ごした思い出さえ』

 そこまで書いた時、ロロは強烈な違和感に襲われて、ペンを止めた。

    旅   ニ   戻   ル   ?

「……あっ……」

 ペンがロロの指から滑り落ちた。だがロロはペンを拾わず、空ろな目で宙を見る。

「旅に…戻…る…?」

 そう口にすると、違和感は一気に高まった。何かがおかしい。しかし何故おかしいと感じるのかわからない。ロロは便箋に目を落とし、小さな声で、書きかけの最後の文章を口にした。

「たった一日だったけれど、本当に幸せでした。貴方が言っていたように、出会えた奇跡に心から感謝したい。旅に戻っても、貴方と共に過ごした思い出さえ…」

 音読したものの、何故違和感を覚えたのかがまだわからない。

「旅に戻っても、貴方と共に過ごした思い出さえあれば、僕は生きていけるでしょう」

 ロロは、まだ便箋に書かれていなかった部分を口にした。

  『旅に戻っても、貴方と共に過ごした思い出さえあれば、僕は生きていけるでしょう』

「…ここだ」

 あまりに強烈すぎる違和感は、明らかにここから来ている。

  『旅に戻っても、貴方と共に過ごした思い出さえあれば、僕は生きていけるでしょう』

 自分が何故、最後にこの文章を書こうとしていたのかを、よく考えてみる。

「幸せだった…だから…ルルーシュさんとの思い出があれば、これからも生きて…」

 そこまで言ってしまってから、ロロは違和感の原因に気付いてしまった。

  『旅に戻っても、貴方と共に過ごした思い出さえあれば、僕は生きていけるでしょう』

 旅ニ戻ル。生キテイケル。

 生キテ、イケル?

「もう…生きてる必要が…なくなった…?」

 ロロは、呆然と言った。
 数年前の自分の言葉を思い出す。

『一度でいい。一度でいいんだ。
 一度でいいから、死ぬ前に誰かに愛されたい。そして僕もその人を愛せたら、それだけで、十分だよ』

 その願いこそが、今まで自分が、生きてきた理由。
 幼い頃、冷たい雨に打たれながら、

『まだ、死にたくないよ』

 と言ったのも、一度でいいから、自分という存在を誰かに受け入れて欲しかったから。それまでは、死にたくなかったから。

 願いは叶った。叶ったのだ。
 ルルーシュと共にいた時間が、人生で一番幸せな時間だったと胸を張って言える。
 ならば、これ以上、辛い旅を続ける必要はない。もう、たった一人で、あてもなく彷徨わなくていい。

 旅をこの手で終わらせればいいのだ。自分の命と、一緒に。

 そうすれば、もう二度と、思い出したくないことを思い出すこともなくなる。楽になれる。

 ロロは右手を腰のあたりにやった。いつもならそこにある筈の固い感触がない。銃・ナイフ類は一切この国に持ち込めない為、国境で預けてきたからだ。
 散弾内蔵弾使用銃。ロロが国を出る前から、ロロと共にある銃だ。またの名を「安全銃」とも言うが、これはあくまで、貫通・跳弾しない為、ターゲット以外は安全という意味だ。この銃が持つ凄まじい残虐性への皮肉として「安全銃」の名が使われることもある。本来は、残虐性故に公的な使用が多くの国で禁止されている銃なのだ。人体に入れば、体内で散弾をばら撒きながら臓器を次々に破壊する。一発撃ち込まれれば、受けるダメージは計り知れない。

「国境まで戻れば…国境まで戻りさえすれば……」

 国境まで戻りさえすれば、武器を取り戻せる。そうしたら、この国から離れた所で(ルルーシュのいる国の地を、自分の血液で汚したくはない)、旅を終わらせればいい。ルルーシュとの思い出が鮮やかなうちに。

 そこまで考えてから、ロロの頭に、もう一つの可能性が浮かんだ。

 どうせ、死ぬのなら、賭けてもいいのではないか。
 ルルーシュの傍にいる未来を手に入れる為に。
 叶わないと諦めてきた本当の望みを、叶える為に。

「出来ないっ……!」

 ロロが悲痛な声をあげた。
 残っていない。自分の何処にも信じる力が残っていない。何もかも知った上で、ルルーシュが自分を受け入れてくれるとは思えない。
 ルルーシュにだけは憎まれたくない。愛された記憶だけを抱いていたい。
 「愛している」と告げてくれたその口で、憎しみの言葉を紡がれたら、死んでも死にきれない。

 幸せだった。本当に幸せだった。
 ならば、これ以上望んではいけないのだ。
 生きていて良かった、と心から思えたのだから、それで十分。
 更なる望みを持つことで、やっと手に入れた優しい思い出を失いたくはない。

 自分の世界は、自分が生きていることを否定する言葉ばかりが満ち溢れていた。空気や水と同等の存在だったその冷たい言葉達は、完全にロロの血肉となってしまっている。自分はこれまでも、これからも、誰にも生を望まれない人間なのだと、そうとしか認識出来なくなっている。
 そんな自分を、ルルーシュが照らしてくれた。
 ずっと凍えながら望み続けた、暖かな陽光の中で溶け去っていけることこそが、自分の手に入れること出来る、最高の幸せなのだろう。
 それなのに、その筈なのに、「死にたくない」と叫ぶ自分がいる。

 死にたくない。生きていたい。ルルーシュの傍で笑っていたい、と。

 ロロは首を振った。

「ルルーシュさんと一緒に生きることは出来ない…。それに旅に戻っても、もうきっと、辛いことしか起きない…」

 そう言葉にすることで、「死にたくない」と叫ぶ自分の声は、弱まっていった。

「無駄なんだ…希望を持っても…。だから…」

 もう、僕は「明日」を迎えてはいけない。

 そう言い切ってしまうと、もう、異議を唱える者は自分の中から消え失せた。

 早く。早くこの手で旅を終わらせよう。
 それだけが頭を支配する中、ロロはメッセージを完成させようと、落としてしまったペンを拾う為に、しゃがんだ。

「…え?」

 その瞬間、あってはならないものが視界の隅に見えて、ロロは思わず声を上げた。
 震える手でペンを握り、立ち上がる。
 恐い。見たくない。でも見なければいけない。
 ロロは、ゆっくりと、自分の右を見た。

「――っ!?」

 ロロは幽霊でも見たような顔をして、息を呑んだ。
 どうして? どうして? 一体いつから?
 そう口にしたいのに、ただ動くだけで音のでない口は、水面近くで空気を求める魚のように動いた。

 ロロの視線の先には、腕を組んだルルーシュが壁に背を預けて立っていた。

「…おはよう。やっと気付いたな…だいぶ前からここにいたのに。集中してたみたいだから、邪魔しちゃいけないと思ってさ。待ってたんだ」

 ルルーシュがにっこりと底の知れない笑みを浮かべて、言った。




旅の途中(12)へ
戻る
PR
癒し系ボタン
現在のお礼SS:ロロルルロロ一本。
効能:管理人のMP回復。感想一言頂けるととても喜びます。
忍者ブログ [PR]