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旅の途中(16)
ようやく休める…と安心しきっていた頭では、状況を飲み込むことすら出来なかった。
目の前に長い金髪をなびかせる少年がいる。そしてその顔が自分の見知ったものだと、ただそれだけのことなのに、なかなか現実を受け入れられない。ルルーシュが瞬きするのも忘れ、目を見開いてV.V.を見下ろしていると、ねっとりと絡みつくような笑い声が相手の喉の奥から発せられた。 その声にルルーシュは我に返り、
「お前は……!!」
親の仇でも見るような視線を向け、弾かれたように立ち上がって言った。
「七年ぶりの伯父に『お前』って…。酷いねルルーシュ。大きくなったね、って言おうと思ったのに」
V.V.は悪びれた様子もなく、ソファの前にあるテーブルに座り、自分自身の膝に両肘をつき、顎を手の上に置いた。退屈そうに脚をぶらつかせながら、眠そうな瞳でルルーシュを見上げてくる。
「いつからいた」
ルルーシュの声はロロと話していた時とはうって変わって、相手を威圧するような低いものだった。それでもV.V.は大して気にも留めずに、マイペースで話し始める。
「え~? 二人の話は全部外で立ち聞きしてたよ。暗い中一人で壁に耳を当てて…惨めな体験だった。切ないよ。家が目の前にあるのに入れないなんて。
…本当にびっくりしたよ。久々に甥っ子の家に来たら、昔拾った子と甥が修羅場になってるんだもん。
なんだっけ。ちょうど君が『だいぶ前からここにいたのに。集中してたみたいだから、邪魔しちゃいけないと思ってさ』とか言ってた時に、僕はドアノブに手をかけてたんだよ。あと少しで修羅場に踏み込む所だった。いや、そんなことより、二人が寝てたことにビックリだよ。…腰は大丈夫?」
「うるさい黙れ! 余計なお世話だ!」
ルルーシュが怒鳴ると、V.V.は小首をかしげた。
その動きは一見すれは純粋無垢な子どもそのものだったが、伯父の本性を知るルルーシュからすれば、それは研ぎ澄まされた悪意そのものにしか見えなかった。
「ねー、なんでさっきからそんなに怒ってるの? 僕が見た目どおりの子供だったら、君の声を聞いただけで泣いちゃうよ」
本当にわからない、というイノセントを装ったV.V.の声に、ルルーシュの怒りが増していく。
間違いない。長い金髪をなびかせた少年という特徴、V.V.という名前、時間の流れを超えて同じ見た目を保ち続け、死ぬこともないという特徴。ロロの言っていたインチキ占い師は、世界各地を旅し、自分の伯父であるこのV.V.だ。
「お前は散々ロロを引っ掻き回して…。この外道が!!」
ルルーシュは上半身を激しく揺らして怒鳴ってから、胸を押さえた。
病んだ心臓が過剰な感情の揺れに助けを求めて、その動きを異常なものにしていた。胸の痛みに耐えられずに再びルルーシュはソファに体を沈める。
ルルーシュが子供の頃。伯父であるV.V.は世界を旅していたが、たまに何の前触れもなくこの家にやってきていた。滞在期間は数日だったり、数週間だったりしたが、いずれにせよ、V.V.はこの家にいることに飽きると、さっさと旅に戻っていった。
ルルーシュがV.V.と最後に会ったのは七年前だ。その頃には既に、ロロが十歳の誕生日をどう迎えるのか、V.V.が『暇つぶし』の為に楽しみしていたのかと思うと虫唾が走る。
「落ち着きなよ。引っ掻き回して…って言われても覚えがありすぎて、どれのことかわからないよ」
V.V.の口調はやはり変わらない。
ロロが過去の話をしていた時、心の奥底で密かにV.V.に対して覚えていた怒りに任せて、ルルーシュはV.V.を睨み付ける。
「ロロに親を殺させる必要がどこにあった。拾うつもりなら最初から家に帰さずに拾ってやればよかっただろう」
自分の手で引き金を引いて親を殺した、という過去がなければ、愛されなかった記憶は残ったにせよ、ロロの苦しみも少しは軽減されただろう。
ロロを殺めようとする手が伸びてくるとわかっていたなら、ロロを家に帰さずに、国外に連れ出してやればよかったのだ。
「ああ…そのこと」
V.V.はすぅ、と目を細めた。
「ありもしない愛情を信じて、ずっと郷愁に浸られたら困るからだよ。あの子は親を愛してた。自分が頑張れば、親がいつか愛してくれるって本気で信じてた。
普通に僕が一緒に行こうって言っても、絶対に首を縦に振らなかっただろうね。家に戻って、親を信じる道を選んだ筈だよ。それで殺されただろうね。…知ってた? 子どもから親への愛情がどれだけ凄いか。もし僕が行かなかったから、あの子は逃げも隠れもせずに、最期まで親のことを信じて死んでいったんだよ。
だから、僕は銃を渡した。最後の瞬間まで信じて、それでも駄目なら撃てって。結局親には愛されなかったわけだけど。あの時、親を信じ過ぎたせいで…後であの子は凄まじい人間不信になってたよ。誰も信じられなくなってた。可哀相に」
意外なことにV.V.が心から同情したような瞳をしたので、ルルーシュは一瞬戸惑った。しかし、まだ怒りは収まらない。
「何故途中でロロを放り出した? 助けたなら、責任を持って面倒を見てやるべきだった」
「なんで放り出したって決め付けてるの? あの子はそうは言ってなかった筈だけど。
実際放り出したけどさ。
…自分でいうのもナンだけど。僕と一緒にいる時間が長くなればなるほど、どう考えてもその人の性格は悪くなるよ。しかも相手は純粋な子ども。すぐ染まるでしょう? 悪いお兄さんとずっと一緒にいたら」
「……よくわかった」
納得したようにルルーシュが言うと、V.V.は顔をしかめた。
「なんで理解してもらえたのに、イラっ、とするんだろう…? まぁ、いいけど。
…あの子の心は本当に病んでた。残念だけど僕には、それをいい方向に持ってく能力はないんだよ。
しかも子供は吸収が早いからね。一緒に旅をしてたら、どんどんあの子は僕に似てきた。行動の仕方も、喋り方も。そこにあの子自身の心の病が加われば…色々とまずいのは、わかるよね?
そして一番問題だったのは、あの子が僕との旅に慣れてしまうこと。ほら、人との生活に慣れた動物を野生に戻すのって難しいでしょう? 慣れすぎると二度と野生に戻れなくなるっていう、アレ。だからさ、生きる術とか…教えられることは全部教えてから、放り出したんだよ。あの子の為にね。僕みたいに時間の流れが違う人間といつまでも二人きりでいるなんて、あの子の為にはならないからさ」
一応V.V.の言っていることは筋が通っている。ルルーシュは今日何度目かの深呼吸で自分を落ち着かせた。
「もうひとつ訊いてもいいか」
「いくらでも訊いてぇー」
完全にふざけているV.V.を無視して、ルルーシュは続けた。
「どうして、嘘の占いでロロを助けた?」
「人生で一回ぐらい子育てしてみるのもいいかも、って思って」
「………」
「それは冗談だけど。なんかね。本当に気まぐれだったんだよ。助けてあげたいな、って思ったんだ。十歳の誕生日前に見てみて、気に食わない子になってたら見捨てようと思ってたんだけど。……この歳になるとね、色々と思うところがあるんだよ」
「…ロロを助けてくれたことには感謝している」
ロロが生まれた時、もし、V.V.がロロの両親にインチキな占いをして見せなければ、ロロと自分が出会うことはなかっただろう。それがどんな理由でなされたものであったにしても、V.V.がロロの命を救ったことに、ルルーシュは感謝したかった。
「感謝されちゃった。あーあ。甥っ子を養い子に取られるとは思ってなかった。あれ? 養い子を甥っ子に取られたのかな? じゃあルルーシュは僕の義理の息子?」
「気持ち悪いことを言うな…」
ルルーシュが睨み付けると、V.V.はからからと笑ってから、真剣な顔を向けてきた。その瞳は年端もいかない見た目は不釣合いな、老獪な光を宿していた。
「僕も訊きたいことがあるんだよ。ねぇ、まさかとは思うけど、あの子が可愛いだけの子だとは、思ってないよね? 現在進行形でヤバい子だってこと、わかってるよね?」
『現在進行形でヤバい』という言い方にはあまり同意はしなくなかったが、ルルーシュは頷かざるを得なかった。
「ロロは、一度感情が大きく揺れ過ぎると制御が利かない。頭にきている時は特にそうだ。…話していてそれはわかった」
「…そう。元々は感情があまり揺れない子だけれど、一度大きく揺れてしまったら自分ではどうしようもなくなっちゃう。一度相手に敵意を抱いてしまったら容赦がないしね。敵に容赦しないのは旅人としては大事なことだけど…あの子の場合、それを身につけるのが早すぎた。
それがこれからも、狂気の域にまで行かないっていう保障は全くないよ。本人もそれはわかってるんじゃないかな。それが、人を遠ざけてた理由のひとつでもあると思うよ。…相手に自分が何をするかわからないから。ところで…」
V.V.は上目遣いで、ルルーシュの瞳を覗き込んできた。
「…気づいてた? ロロが嘘ついてたってこと」
「事実がいくつか抜けていたからといって、それは『嘘』とは言わない。俺は、ロロに全てを話せとは言わなかった」
ルルーシュは淡々と答えた。
ロロが過去の話をしていた時、ルルーシュは引っかかっていたことがあった。
それは、何故かロロが言葉にしなかった部分の過去だ。「それ」をロロが意図的に口にしなかったのか、口に出来なかったのはわからない。ただ、自分の一番の目的はロロと共に生きる未来を切り拓くことであって、ロロに過去の話をさせたのはその為の手段に他ならない。引き摺りださなければならなかった「全て」とは未来を手にするために必要な「全て」だった。
両親を殺したことすら話したロロがその話題を避けたのだから、ルルーシュはロロの話から抜け落ちたその部分については訊かなかった。
「…そう言うって事は、気づいてるんだね」
V.V.は身を乗り出してから、邪悪な微笑を口元に浮かべた。
「あの子の話から抜け落ちてしまっている過去に」
「…一人、ロロの話から消えている人間がいる」
V.V.の笑みに嫌悪感を覚えながらも、ルルーシュはその話に乗る。
「…うん、その通り」
ルルーシュが答えずにいると、V.V.は顔に刻まれた陰を濃くしながら、口を開いた。
「ロロが両親を殺した時…お姉さんは何処に行ったんだろうね?」
「それは、俺がお前から聞くべきことじゃない。聞くとしたら、ロロの口からだ」
続きを話したそうにしているV.V.を見据えて、ルルーシュははっきりと言ってやった。
「そっか…。でも、そんなロロと、本当に君は一緒に生きていくの?」
「ああ」
ルルーシュは即答した。それ以外の道など、一切考えていない。
「…本当に? ねぇわかってる? あの子は、たぶん君が思っている以上に病んでるよ。普通にしてれば可愛い子で済むけどね。一人で旅してた時も、相当ヤバいことしてたみたい。旅先で色々噂は聞いたよ。…僕の教育が効き過ぎたかな。
一歩間違えれば、あの子の狂気に二人とも食われるよ。それでも、あの子と生きて行く覚悟はあるの? もし、その覚悟がないなら」
V.V.は言葉を切って、腰から下げていた銃を手にして、ルルーシュに差し出す。
「なんのつもりだ」
「…あの子を撃ち殺せ」
不快感を露にしてルルーシュが言えば、V.V.は低い声音で答えた。
「君はロロに希望を与えてしまった。…でも君があの子を受け止め切れなければ、共倒れするしかない。今度希望に裏切られれば、あの子が正気でいられるわけがないんだ。……二人とも狂気に食われる最悪の結末だよ。
だからもし、君があの子を受け止める自信も覚悟もないなら、あの子と再会した瞬間に撃ち殺すべきだよ。君に再会した幸せの中で殺してあげるのが一番。君にはその義務がある」
「そんなことをするつもりは毛頭ない。仮に俺がそうしようとしたとしても、俺にロロは撃てない。…相手は旅人だぞ? 俺が撃とうとすれば気づくだろう」
「ルルーシュ。気づいているのに、気づかないふりをするのはやめようよ。…あの子は君の気配には気づけない。一度心を許してしまった相手の気配には殆ど反応出来ないんだよ。君ならそれぐらい気づいたでしょう? 他の気配には、ロロは野生動物みたいに反応出来るんだけどね」
確かに、ルルーシュは気づいていた。
昨日、寝室で眠るロロに近づいた時、ロロはぐっすりと眠ったままだったし、先程も、ロロはルルーシュの気配に全く気づいていなかった。
「…どっちにしろ、俺はそんなものは使わない」
ルルーシュは銃から目を反らした。黒光りしているそれを、視界の隅に入れておくだけでも忌むべきことのように思えた。
「これは、あの子の為だけじゃない。君の為にも言ってるんだよ。君はいつかあの子に殺されるかもしれない。その前に殺せってこと」
「元々、俺はここで死んでいたようなものだ。…それに、俺を殺せば必ずロロは後悔する。…だから絶対にそんな結末にはしない」
それこそが自分の義務だ。
二人で幸せになる。
その為にも自分は生き抜かなければいけない。
「…もし、君がロロに殺されることになったら、きっと、悪夢が待ってるよ。その時、あの子に自殺する理性が残ってればまだいい。
君を殺したあと、あの子が死ぬことも出来なかった時、その後何が起こるかは僕にもわからない。誰も見たことのないような殺戮者がここで生まれるかもしれない。あの子に会った者全員が最悪の悪夢を見ることになるかもしれない。…それが、あの子に希望を持たせてしまうということの恐ろしさだよ。何度も訊くけどさ、それでも、ロロと生きるの? 他の人間の命を危険に晒しても」
「…俺は自分勝手なんだよ」
自分はどこまでも自分勝手なのだ。
人は平等ではない。と昔誰かが言っていたのを聞いた時、反感を覚えたのを思い出す。だが今思えば、それは確かに事実だったのだ。
ロロの話を聴いた時、ロロが両親殺したことに関して確かにいたましいと思ったが、それ以上に自分の心にあったのは、その時ロロが死ななくてよかったという思いだった。いたましいと思ったのも、ロロが両親を自分の手にかけたという事実に対してであって、ロロを殺そうとしていた二人が死んだという事実ではない。
どうやっても、ロロと他の人間を平等に見ることなんて出来はしない。再び旅に戻ってしまったロロに、どんな手を使ってでもいいからここに戻ってきてほしいと、自分は心から願っているのだ。
「何度でも言う。俺はロロと生きたい。
だが…俺は、何も解決してやれなかった。…出来たことは、ロロがここにまた戻って来る気になれるように、そう仕向けたことだけだ。だから、ロロが戻って来た時は、もっとしっかりロロに向き合う。向き合ってみせるさ」
そう。まだ、何も解決されていないのだ。
傷つき苦しみながら孤独に旅を続けてきた旅人を、自分は癒すことまでは出来なかった。
出来たことはただ一つ。
共に歩みたいと、自分が手を差し出していることを、ロロに知らせただけなのだ。
全ては、これからだ。
差し出した自分の手を、ロロが取った瞬間に、ロロのたった一人の旅が終わり、二人の旅が始まる。繋がれた手を、何があっても放さないようにしっかりと握って、一緒に踏み出すのだ。
「向き合った所で、あの子が変わるとは限らないよ。短い幸せを消費して…そして終わるだけかもしれない」
V.V.の言うことも、正しいのかもしれない。
不完全で脆い人間が二人で支えあったところで、何も変わらない可能性もあるのかもしれない。
それでも……。
「生きてさえいれば、変われる。…俺も、ロロと出会って、変わった。ゆっくりでいいから、二人で歩いてゆけば、変わっていけるさ」
生きてさえいれば、変われる。
ロロが、五年間錆付いて止まったままだった時計の針を動かしてくれたように、今度は自分が、ロロが変わっていけるように支えていけばいい。
そして自分自身の歩みを止めない為にも、ロロの存在が必要なのだ。
「…そっか。なら、僕にはもう、言うことはないよ。あーあ。外で立ちっぱなしで疲れちゃったから寝よっと」
V.V.は銃を元の位置に戻してからテーブルから降りると、ルルーシュに背を向けて、二階への階段がある方向へと歩き始めた。
「屋根裏部屋にベッドがあるからそれを使ってくれ。……いつまでいる気だ?」
ルルーシュが訊くと、V.V.は歩みを止め、背を向けたまま、言った。
「ああ、新婚さんの邪魔をする気はないから。あの子が帰ってくる前にはいなくなるよ」
* * *
V.V.は荷物を置いて着替えてから、屋根裏部屋のベッドを見下ろした。この国に入国する少し前と、出入国管理局の情報端末から(不正な手段で)に情報を仕入れていたから、ルルーシュがこの家に一人で住んでいることは前もって知っていた。
その、一人で住んでいる筈のルルーシュの家に、ルルーシュの部屋と、屋根裏部屋、合わせてベッドが二つある。自分が旅の途中で立ち寄るかもしれないと思って、こうしてベッドを残しておいてくれていたのだろう。
「慕われているのか嫌われてるのか、よくわからないな」
V.V.はひとりごちながら、ベッドで横になった。
「…よかったね、ロロ。いい人に出会えて。ルルーシュならきっと、君を受け止めてくれるよ。あれだけ脅しても怯みもしなかったから。君も、僕の甥をよろしくね。…彼、脆いところもあるから。君が帰ってくるって信じて疑ってないんだから、裏切っちゃ駄目だよ……」
V.V.は目を閉じて、物陰に隠れていた自分の存在に気づかずに通り過ぎていったロロの姿を思い出した。
「あんなに小さかったのに…。すぐ大きくなっちゃって…」
昔の自分なら、ロロの成長に感慨深くなることなどなかっただろう。生まれたばかりのロロと出会い、十年を経てから共に過ごしたことで、自分も変わったのだ。それが永い時を生きる自分にとっていいことなのか悪いことなのかは判断できない。
だがもう、出会う前の自分に戻れないことだけは確かだった。
そして、その変化を決して悪いものだとは思っていない自分が、いた。
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