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  「誓イ」ノ行方 (2)



 日本に来てから、三ヶ月が経った。日の出ている時間がとても短くなり、落葉樹に一枚の葉もない、そんな季節。
 薄い雲がたなびく青い空の下で、身を切るような冷たい風が吹いていた。

 部屋から出ると枢木家の「土蔵」に染み付いた冷気に、身体が侵食されそうになる。廊下を抜けて、ルルーシュが音を立てないようにして寝室を開けると、弟はぐっすり眠っていた。ルルーシュはため息をつく。

 もう既に、時刻は午後一時をまわっていた。
 
 日本に来てから、ロロはずっとこうなのだ。
 夜通し起きていて、ルルーシュ達が起き出す頃に寝てしまい、午後三時ぐらいまでぐっすり眠っている。そして起きたかと思うと、冷蔵庫を漁って、さっさと外に出て行ってしまう。
 そんなロロを、もちろんルルーシュは最初のうち、何度も何度も叱った。ちゃんと夜に寝て、朝起きるようにと。
 だがいくらルルーシュが声を荒げて言っても、ロロは全く聞いていなかった。
 叱るルルーシュの目を見ようともしないロロに腹が立って、一度無理矢理に自分の方を向かせたことがあったが、ロロの虚ろな瞳は、ルルーシュに対してなんの感情も抱いていなかった。
 その瞳を間近で見てしまってから、ルルーシュはロロに寝ろとは言えなくなってしまった。

 その頃はまだナナリーも精神が安定せず、ルルーシュが傍を離れると物を投げたり、ナナリー自身を傷つけたりしていた。ナナリーがどうなってしまうのか不安で、話を聞いてほしくて仕方がないのにロロはぐっすりと眠っていて、それに怒りそうになったこともある。それ程ルルーシュは当時、追い詰められていた。
 ナナリーと違って、少なくとも、ロロは放っておいても、自分のことは自分でやっていた。喋らず、寝る時間が自分達と違うこと以外では、特になんの異常も見られなかった。ロロのことが心配でなかったかといえば嘘になるが、ナナリーの状態が深刻すぎて、ロロに構ってやる余裕は全くなかった。
 それに、母が殺された後、ロロが一度は口を開き微笑んでいたから、そのうちきっと元に戻ってくれるだろう、とルルーシュは楽観視していた。頭のどこかで、ロロの状態が深刻なものなのではないか、とも思っていたが、そう考えることをルルーシュは拒否していた。
 ルルーシュ自身も心に傷を負っている中、日々心を病んでいく妹を見ているだけで、疲れきっていたのだ。

 やがて、ルルーシュが起きる頃にロロが眠りにつくのが、日常になっていた。
 ロロの摂取する栄養が偏らないように、ロロが起きてくる午後三時ぐらいにロロの「朝ごはん」を作ってやり、寝る前に、夜の間ロロがちゃんとした食事を口に出来るように冷蔵庫に「昼ごはん」と「夕飯」を入れておいてやる。それがルルーシュの日課になってしまった。
 どうして、こんなことをしなければならないのだろう、とため息をついてしまう日もあった。だが、昔、しょっちゅう、お腹が空いたと言って泣いていた弟が(「本当にロロはよく食べる子ね!」と母には笑われていた)、真夜中に一人空腹に耐えているなんてあまりに可哀相で、考えたくもなかった。

「…ロロ…」

 夢の底にいる弟に向かって、ルルーシュは泣きそうな声で呟いた。
 
 認めたくはないが、スザクと出会ったことで最近のナナリーの状態は安定している。それにほっとした時、気づけばロロと自分の関係は、どうやっても修復出来ない状態に陥ってしまっていた。
 もっと早くロロの抱える問題の深刻さに気づいていれば、すぐにでも元に戻れたかもしれないのに。

「前みたいに、また話がしたいよ……」

 最初は、何故ロロがこんなことをするのか、理解出来なかった。
 だが、最近、思うのだ。ルルーシュと完全に生活時間をズラすことで、ロロがルルーシュと共に過ごす時間を減らそうとしているのだとしたら。
 考えすぎだと思ったこともあったが、最近では自分の予感が当たってしまっているのではないか、と不安になる。

 自分を見てくれない弟。
 自分の言葉を聴いてくれない弟。
 言葉を発さなくなってしまった弟。
 笑わなくなってしまった弟。

 たとえルルーシュが立っていても、まるでそこに何も存在しないかのように通り過ぎていくロロを見ると、自分を徹底的に拒まれている気がするのだ。
 自分はただ、また仲良くしたいと思っているだけなのに。
 ロロは当然のように午後三時に起き、さっさと外に出て行ってしまい、夜遅く帰ってくる。そしてルルーシュが起きる頃に、寝てしまう。
 
 ロロとまともに話すことすらままならない。なんとか捕まえても、ロロの瞳に、自分は映っていない。それに苛立って、何度か酷い言葉をぶつけてしまった。だが、怒りをぶつけたところでロロに何も届いていないのは、これまでのことから明白だった。弟に怒鳴ってしまったことで自己嫌悪が増すだけで、なんの効果もない。
 
 怒鳴りたいんじゃない。酷いことを言いたいんじゃない。ただ、ロロと話がしたいだけなのに。
 濁った底なし沼のような瞳を見せ付けられれば、どうしようもない危機感が湧き上がってくる。そして、なんの解決方法も思いつかない自分に苛立って、ロロに当たってしまう。
 そんなこと、したく、ないのに。

 なんとかして、一緒に起きて、食事を共にして、また話を出来るようになりたい。
 だが、完全にルルーシュの存在を無視しているロロとどう接すればいいのか、全くわからなかった。

 どうすれば、ロロに自分の言葉が届くのか。
 どうすれば、ロロが自分を瞳に映してくれるのか。
 …どうすれば、またロロが笑ってくれるのか。

 その答えが、どうしてもでない。

 ロロが何を考えているのか、もう自分には全くわからない。「にいさん」と言いながら幸せそうに笑って、楽しかったことや嬉しかったことを全て話してくれた弟は、何処か、とても遠くにいる。そして、ひとつ間違えればそのロロがもっと遠くに行ってしまいそうで、何も出来ないのだ。

 ロロには、傍で笑っていてほしいのに。

「ロロ…僕は…どうすればいい…? …ロロ…」

 ルルーシュの言葉は、ロロの静かな寝息と共に虚空に消えていった。

*   *   *

 スザクが始めてロロに出会ったのは、初対面のルルーシュと掴み合いの喧嘩を終えてから、数秒後のことだった。
 スザク達のいた部屋の戸を開けて立っていたロロの瞳は、生気が全く感じられないもので、スザクは一瞬、幽霊を見たのかと本気で思ってしまった。
 だが、その幽霊が、

「にい、さん……」

 唇を震わせながら、ルルーシュに向かってそう言ったので、ああ、人間か、とスザクは安心した。

「にい、さん…どこか…いたい…?」

 ルルーシュに向かってか細い声でそう言ったことから、この子どもがルルーシュの弟か、とスザクは納得した。
 ルルーシュを見れば、何故かロロを驚愕の瞳で見つめていた。後で聞いた所によると、ずっと喋らなかった弟が口を開いたので驚いていたらしい。

「大丈夫だよ、ロロ」

 痛くないわけがないのにそう言うルルーシュに、兄貴なんだなぁ、とスザクが少しだけ感心していると、

「こいつは…枢木スザクだ」

 ルルーシュが軽くスザクに視線をやってから、ロロに言った。
 ロロは頷いてから、スザクの方に、足音を全く立てることなく近づいてきた。
 ロロはスザクの前で立ち止まると、スザクに手を差し出してきた。

「ロロです」

 手を伸ばしてきたのがルルーシュだったら、振り払ったかもしれない。だが、本当の幽霊のように音を立てずに自分に近づき、空虚な瞳で見上げてくる年下の少年に、スザクは落ち着いてはいられなかった。

「…おう」

 反射的にロロの手を握った瞬間、

「ヨロシク、オネガイシマス」

 機械的にそう言われ、ほんの一瞬だけ感情の宿ったロロの瞳を見た時、スザクの頭の中にロロの声が聞こえた気がした。

 絶対ニ オ前ヲ 許サナイ  と。


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現在のお礼SS:ロロルルロロ一本。
効能:管理人のMP回復。感想一言頂けるととても喜びます。
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