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 夜中だというのに電気もつけずに、ロロは静かに自室の椅子で座っていた。月明かりを頼りに、机の上にのっている小さな箱を開けて、中に入っているハート型のロケットを取り出し、手のひらに乗せる。
 ロロの瞳から、ぽつり、ぽつり、水滴が床に落ちていく。
 自分が泣いているという事実に戸惑いながらも、ロロは、ぎゅう、とロケットを握って、自分の胸に押し付けた。



   素敵な、おとぎ話



「ロロが産まれた時のことは、実はあまり覚えてない。確か出産が深夜から朝にかけてだったから。ロロが産まれた時、俺は寝てたんだな、きっと。
 ロロのことで最初に記憶にあるのは…、ロロが産まれてから大分、後のことだ。俺はロロが家に来るまで、会わせて貰えなかったから。ロロは未熟児だった関係で、退院するまで相当時間がかかったんだ。
 でも、ロロと初めて会った日のことは、よく覚えてる。肌寒い日が何日も続いて、毎日段々気温が下がっていた。木の葉が色を失って落ちていくのを見て、嗚呼、これからどんどん寒くなるんだな、と思ってた。でもあの日だけは、とても、とても暖かい日だったんだ。二歳の時の記憶なんて、他には殆ど残って無いけれど…、その時のことだけはよく覚えてる。
 母さんがあの時何処にいたのかとか、親戚の人はどうしていたとか、何故あの時俺が一人でいたのだろうとか…そういうことは全然覚えてない。

 俺が一人で廊下を歩いていると、部屋の中から、赤ん坊のぐずっている声が聞こえたんだ。
 ああ、この声がロロの声なんだ、と思って俺はドアを開けた。
 そよ風に揺れるカーテンも、部屋の壁も、柔らかくて白い陽光も、ロロがいる柵つきのベッドも、目に飛び込んできた全てが神聖に見えたよ。俺は部屋に入ってはいけないんじゃないか、とさえ思った。
 ロロの小さな声だけが聞こえて、俺はしばらく、ドアノブに手をやったまま、立ち尽くした。
 名前だけ知っている、初めて見る俺の弟。
 ずっと会いたいと思っていた弟が、いる。
 あそこにいるのが、ロロなんだ、と思うと足が竦んでしまった。
 だけど俺は足を踏み出した。ロロをすぐ傍で見たかったし、ロロに俺を見て欲しかった。
 ロロはベッドの上で、ぐずってはいたけど、じっとしていた。
 本当に小さな、赤ん坊。
 俺がロロを見ていると、ロロはぐずるのやめて、目をぱちぱちさせて、俺の方を見ていたよ。
 柵の隙間から俺が手を入れると、ロロはその指を掴んだ。予想していたよりは結構強い力だった。でもそれより俺は、ロロの手の小ささに驚いた。ロロの手は、俺の指一本を握るのがやっと、というぐらいの大きさしかなかったんだ。それから、足がとても小さいことにも気がついた。どうして赤ん坊が産まれてすぐに歩けないのか、わかったのは多分その時だ。
 ロロが俺の指を掴む力を感じながら、母さんが言っていたことを思い出した。

『生まれたばかりの子にとって、生きるのはそれだけで大変なことなの。生まれた瞬間から、独りで呼吸をして、お腹が空いたり、何かして欲しいことがあれば、それを伝えなければいけない。それは、とても苦しくて、辛いこと。だから、泣いて泣いて、生きている苦しさ、辛さと、必死に戦っているの』

 俺は唐突に理解した。
 
    ロロは、こんなに小さな身体で、必死に、頑張って、生きている。

 気がついた時、何故だか俺は泣いていた。そんな俺をロロが大きな目で見ていて、俺は幼心に、兄なのに情けないと思ったよ。涙がどうしてだか止まらない中、ロロ、と俺は呼んだけれど、ロロはやっぱり瞬きするだけだった。
 早くロロが喋れるようになればいいのに、と思いながら、俺はもう片方の手を、ロロの小さな手に添えた。

 『まもるから。ろろのこと、まもるから。ろろのこと、まもるから』

 まだ、幼かった俺は、ロロにそんなことしか、言ってやれなかった。母さんが来るまで俺は、馬鹿みたいに泣きながら、ずっと、そう言っていた」

   *   *   *

 十月二十五日。ロロの十六歳の誕生日パーティーを終えた後、ランペルージ兄弟はバルコニーの柵に二人で寄りかかっていた。そろそろ満月になりそうな月が空を上がりつつある。
 ルルーシュがロロと出会った時の話を終えると、ロロは気恥ずかしそうに笑った。
「それで…。兄さんとしては、弟が十六歳になるのは、嬉しくもあるし、そろそろ自分の手を離れそうで少し寂しくもあると」
「これでも、色々考えてるってことさ…まぁ、そろそろ俺が煙たくなったりすることもあるかもしれないけれど、これからもよろしくな」
「先に謝っておくよ。これから色々とあると思うけど、こちらこそよろしくね。…これでも一応思春期ですから」
 ロロがおどけてそう言う。
「なんだ、好きな子でもいるのか?」
 年の割りに幼く見える顔と、ほっそりとした体躯のロロだが、確実に成長している。
 十六歳。
 自分が知らない面を持っていても、おかしくはない。
「仮にいても言わないよ。さる筋から、好きな子が出来ても兄さんにだけは言わないように、ってたれこみがあったんだ。それより、兄さんはどうなの? 弟としてはそっちの方が心配だね」
 屈託のない笑みで訊いてくるロロに、
    ロロさえいれば、俺はそれでいいんだよ。
 という本心を隠して、ルルーシュは言う。
「とりあえず、そういうことは自分で自分を食べさせられるようになってから考えるよ」
「何それ…まぁ、人それぞれ、だけどさ」
 ロロが自分の手を離れる日はそう遠くない日に、やってくる。
 それでも、ルルーシュは、ロロに初めて触れたあの時に決めた。

 ルルーシュの指を握るのが精一杯だったあの手が、
 自分の欲しいものをしっかりと掴めるようになっても。
 
 かつては自分を支えることも出来なかった足で、
 もう何処へでも行けるようになっても。

 必ず、俺が、守る。

「…さて、そろそろ寝ないと。兄さんの昔話を聞いてたら、眠くなっちゃった」
「…。絵本の読み聞かせをしてもらった子どもみたいだな」
「あれ? 僕って十六歳になったんじゃなかったっけ?」
 二人でふざけながら、バルコニーを後にしつつ、俺はいつ弟離れ出来るんだろうな、とルルーシュは内心苦笑した。

*   *   *

 ルルーシュと別れてから、夜中だというのに電気もつけずに、ロロは静かに自室の椅子で座っていた。月明かりを頼りに、机の上にのっている小さな箱を開けて、中に入っているハート型のロケットを取り出し、手のひらに乗せる。
「…兄さん…」
 ロロの瞳から、ぽつり、ぽつり、水滴が床に落ちていく。
「素敵な、おとぎ話を…、ありがとう。…すごく、すごく、嬉しかった」
 自分が泣いていると事実に戸惑いながらも、ロロは、ぎゅう、とロケットを握って、自分の胸に押し付けた。
「本当に…っ。嬉しかった…っ」
 
 全部、嘘だって、わかってる。
 わかってるよ。
 綺麗なものだけ集めた、おとぎ話だって。
 それでも、こうやって泣き出してしまうぐらい、
 僕は、嬉しいと、思っている。
 その気持ちは、本物なんだ。
 だから。
 ありがとう。




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BGM:蒼碧の森(志方あき子 『RAKA』収録)
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