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「誓イ」ノ行方 (6)
その日は確か、七草粥がどうの…という日だった。
久しぶりの一人での買い物の帰り、ああ、最近はずっとスザクがいたから、すっかり油断していたな……。と、日本人の子ども達に囲まれながら、ルルーシュはぼんやりと考えていた。日本人の子ども達に叩かれようが何をされようが、自分の身体ではないように感じる。
黙っていればこいつらはそのうち飽きて、去っていく。だからルルーシュは子ども達の仕打ちに耐えながら、他の事を考えていた。
帰ったらロロになんて言おう。転んだ、と言えば納得してくれるだろうか。何を言っても答えてはくれないけれど、ルルーシュが怪我をしていると、顔を蒼白にして「いたい?」と訊いてくる弟に心配をさせたくなかった。
そんなことを考えていると、攻撃が急に止んだ。もう終わりだろうか、今回は短いな、と思った瞬間、
「ゆ、幽霊……」
誰かが、そう言った。
幽霊? と思ってルルーシュが顔を上げると、そこにいた幽霊から底冷えするような声が発せられた。
「全員死んでしまえ」
そこにいたのは、
「ロ…ロ…?」
ロロだった。一見無表情に見えるが、明らかに魂の底から怒っているのが、ルルーシュにはわかった。
ロロの持っている特殊な空気に、ルルーシュを囲んでいた数人は怯んだが、うち一人は、
「なんだテメェ」
ロロに突っかかっていこうとした。
「ロ…」
ロロ、逃げろ、とルルーシュが言い終わる前に、日本人の少年の耳のすぐ近くを、ロロの投げたナイフが飛んでいった。
自分の顔のすぐ横を何が飛んで行ったのか、わからなかった少年が恐る恐る、後ろに落ちているナイフの方を振り向き、顔を恐怖に引き攣らせる。
「次は当てる。今のは、わざと外しただけ」
ロロの瞳には純粋な殺意があった。
少年達は悟った。こいつは、本当に殺る気なのだと。
ロロ、やめろ、とルルーシュはロロを刺激しないように声にださずに、だが必死に首を横に振ってロロに訴える。
ロロはちらりとルルーシュの方に目をやってから、次のナイフを手にして、少年達を見た。
誰も動けない中、ロロが構えの姿勢に入る。
少年達は一目散に逃げ出していった。
少年達が見えない所まで行ってしまってから、ロロはナイフをしまった。
「にいさん、だい…」
ルルーシュは近づいてきたロロの頬を力の限りひっぱたいた。
ぱぁん、という音が、乾いた空気に響き渡る。
ロロは信じられないという目で、怒っているルルーシュの顔を映し、真っ赤になった頬に手をやった。
「にい、さん……?」
「この、馬鹿が!!!」
戸惑うようにこちらを見てくるロロに、ルルーシュは叫んでいた。
弟を叩いてしまった自分が信じられなくて、何故ここまで自分が怒っているのかもわからない。それがまたルルーシュの怒りを増幅させていた。
怒られている理由が全くわかっていないロロは、涙を目にいっぱいためている。
ああ、弟を泣かせてしまったと思いながらも、ルルーシュは言葉を止めることは出来なかった。
「なんであんなことするんだ!! 僕が我慢していれば、それで済むことだったんだ!」
「だって…だって…兄さんが痛い思いをするなんて…嫌だ…」
大粒の涙をぽろぽろと流しながら、幼い弟は言った。
「だからって…ロロがあんなこと、しちゃ駄目だ!!」
「どうして…どうしていけないの!? 母さんは何も悪いことをしていないのに殺された…。それなのに、兄さんに痛い思いをさせる奴らを、どうして殺しちゃいけないの!? 僕はただ…兄さんを守りたいだけのに…!!」
泣き叫ぶ弟の問いに、ルルーシュはすぐに答えることが出来なかった。
母さんは、何も悪いことをしていないのに殺された
それなのに、兄さんに痛い思いをさせる奴らを、どうして殺しちゃいけないの
僕はただ…兄さんを守りたいだけのに
その言葉を一瞬だけ、受け入れそうになってしまった自分がいた。だがルルーシュはその言葉を跳ね返すために、必死に言葉を発する。
「ロロに…そんなことをして欲しくないからに決まってるだろ! 人殺しなんて!」
「……僕はどうなってもいいんだよ!!」
ロロが絶叫した。
「僕はどうなってもいいから…兄さんさえ生きていてくれれば…僕は…どうなってもいいんだ…。だから…夜だって…」
「…夜?」
ルルーシュが訊くと、ロロは一気に喋り始めた。
「だって、もし、誰かが襲ってくるとしたら、夜、でしょう? きっと寝てる時だよ。だから、兄さんとナナリーが寝ている時は僕が見張っていればいい。僕じゃ相手に何も出来ないかもしれないけれど、相手が僕を見ている時に、兄さん達が逃げればいい。僕は兄さんさえ守れればいい…。兄さんが、母さんみたいになるぐらいなら、…僕は兄さんの代わりに殺されたって構わない。だから……僕は何だってやる……」
夜通し起きていたのは、そういうことだったのか…とルルーシュは理解した。
ルルーシュがロロを守りたいと思っていたのと同じように、ロロもまたルルーシュを守りたいと思っていたのだ。
だが…。
「…間違ってる」
ルルーシュはそう言った。
「間違ってないよ!! だって僕は兄さんが生きててくれればそれで…!!」
「お前は間違ってる、ロロ!!」
ロロがびくりとするぐらいの声で、ルルーシュは叫んだ。
「お前がいない世界に僕をおいていくなんて…。それが一番酷いことだ!! 僕だってお前に生きてて欲しいって、そう思ってるって…どうしてわからないんだ!?」
「…にいさん…でも…」
消え入りそうな声で反論しようとするロロの言葉が終わる前に、ルルーシュが割って入った。
「でも、じゃない! お前がいなくなったら僕は…」
「僕が死んでも、兄さんにはナナリーや枢木がいるじゃないか!!」
今度はルルーシュがびくりとする番だった。
ルルーシュはロロが叫んだ言葉に自分の耳を疑い、ただ立ち尽くし、言葉を投げ返すことが出来なかった。
「どうせ…僕が死んでも…兄さんはすぐに忘れるんだ…。ナナリーが…、枢木がいるから…」
ルルーシュが呆然としている中、ロロは、泣きながら、けれど静かに言う。
「ロロ…そんな風に…思っていたのか…?」
「だから…僕は死んだっていいんだ…死んだって…死んだって…死んだって…死んだって…」
呪文のように繰り返すロロの肩を、ルルーシュは掴んだ。
「そんなわけないだろう!?」
「なんでそんな嘘をつくの? …兄さんはナナリーや枢木の方が大事なんでしょう?」
そう口にしたロロの瞳から、ゆっくりと感情が消えていく。
ルルーシュは焦った。今はまだ、ロロはルルーシュの言葉を聞こうとしている。しかしこの機会を逸したら、ロロはもう自分の言葉を聞いてはくれないかもしれない。
だが、どうして、こんなにも叫んでいるのに自分の想いがロロに届かないのか、わからない。
どうして、どうして…と必死に考えていた時、
ルルーシュは、唐突に、理解した。
母が殺された、少し後。
『にい、さん。にいさんは、いたく、ない? にいさん……』
弱々しく、だが縋るように幼い弟はルルーシュに手を伸ばしてきた。だが自分はその言葉を拒絶し、小さなその手を、振り払ってしまった。あの時、弟の瞳に浮かんでいたのは、今思えば、底無しの絶望だったのだ。
その後、ロロが何も喋らずにいたのは、ルルーシュを求めながらも、その言葉を拒絶されることを恐れていたからなのかもしれない。何を言ってもルルーシュに拒まれる…それが、怖くて仕方なかったのだろう。今思い出せば、あの時ロロに向かって自分が口にしたのはナナリーのことばかりだった。ナナリーの手術がうまくいくのか、手術がうまくいってもその後どうなるのか、ただただ不安で、喋らないロロを気遣うことも出来ずに、そればかりを一方的に話していた。
あの時、自分はどれだけロロを傷つけてしまっていたのだろう。
ずっと、ロロが自分を拒絶したのだと思っていた。だが、最初にロロを拒絶してしまったのは、自分の方だった。
それなのに、ナナリーの意識が回復した後、一度はロロが口を開き、ルルーシュに向かって微笑んだことで、ロロは大丈夫だと判断してしまった。
おそらくあの頃にはもう、ロロは「自分がいなくなっても、ナナリーがいる」と思い始めていたのだろう。
だから、ルルーシュさえ守れれば自分はどうなってもいいと、たった一人で見えない敵に立ち向かおうとしていたのだ。
空港で、ロロがルルーシュやナナリーから距離をとって歩いていたのは、ルルーシュが自分の見える所に、ロロにいて欲しいと思ったのと似たような理由だったのだろう。ロロは後ろからついてくることで、ルルーシュの背を守ろうとしていたのだ。
日本についてからは、眠っている間に襲撃があるかもしれない、と、ロロは一人で見張っていたのだ。昼ならばルルーシュもナナリーも起きているから、その時間にロロは眠ることにしたのだろう。それを、自分は誤解してしまっていた。
自分ばかりがナナリーと向かい合っていて、ロロはあらゆる問題から逃げているのだと思っていた。そして自分はロロにまで見捨てられたのだと思っていた。ルルーシュが怪我をすれば心配はしてくれるが、それだけなのだろうと。
酷いことを何度も言って当たってしまったことを、今更ながらに後悔する。どんな言葉を口にされても無表情で受け止めていたロロが、どれだけ悲しんでいたのか、自分には想像も出来ない。
それでもロロは、自分なりに、どうすればルルーシュを守れるか必死に考えていたのだろう。誰にも、理解されない中で。
考え抜いたその答えとして、ロロは、ルルーシュを傷つける者は殺しても構わない、そして自分が死んでも構わないという結論にまで達してしまった。ロロがいなくなってもルルーシュはなんとも思わない、と思い込んだ孤独の中で。
「ロロ…ごめん…」
ルルーシュがロロを抱きしめると、
「にいさん…? どうして、謝るの…?」
ロロは驚いて訊いてきた。
「ごめん…気付いてやれなくて…ロロが一人で頑張ってたって…気付かなくて…」
「兄さん…違うよ…。一人で頑張ってたのは兄さんだよ。僕は何も、役に立たなくて……」
「そんなことない。ロロは頑張ってた。ずっと、頑張ってくれてた」
ルルーシュはロロの両肩に手をやった。
「でもロロ…。僕は、馬鹿なんだ。ちゃんと言ってくれないと、ロロが何を考えてるかちっともわからない。だから、思ったことは、なんでも言ってほしい。そうじゃないと、すぐに誤解してしまうから」
もう、こんな風に誤解したくない。
誤解したまま感情をぶつけて、自分もロロも傷つくなんてこと、二度と繰り返したくない。
「ロロ、もう、やめよう…。もう、一人で頑張るのは。…二人で一緒に頑張ろう」
ロロの瞳は、ルルーシュを確かに映している。ルルーシュはその瞳の奥に語りかけるように、続けた。
「嫌なんだ…。気づかないうちにロロがいなくなっていたら…。ナナリーだって、スザクだって、お前の代わりにはならない。…だから、ずっと、一緒にいよう」
「ずっと?」
ロロが瞬きをして、言った。
「そう、ずっと」
「僕は、兄さんの傍に、ずっといて、いいの?」
再び涙をためて訊いてくるロロに、ルルーシュは、
「いてくれよ…頼むから」
笑って言った。
ロロは涙を拭った。懸命に、ルルーシュと同じように笑おうとしていた。
「…ずっと、一緒にいよう。兄さん」
ロロが手を差し出すと、ルルーシュはその手を硬く握った。
それから数ヶ月後。
まだ自分達がいるというのに、ブリタニアによる日本侵攻が始まった。
焼けた死臭の漂う日本の国土を踏みしめながら、自分達を捨てたブリタニアの崩壊を心の底からルルーシュが望み、それを自分の手で行うと宣言した時、二人は、誓った。
それは、二人を一生縛り付ける誓い。
『ずっと、地獄の底まで、一緒』
二人は、同時に言って、互いの手を握り締めた。
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