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・『続いていく話』が前提のSSです。
・敢えて ↑ 以外の説明は全て省きます。
何も、変わらないのかもしれない。
何も、変えられないのかもしれない。
それでも、俺は……。
受け継がれた話(前編)
――― ドウカコレ以上、苦シマナイデクダサイ
――― ドウカコレ以上、悲シマナイデクダサイ
――― ドウカコレ以上、自分ヲ傷ツケナイデクダサイ
――― ドウカ……、
* * *
夕焼けの赤から夜の帳へと少しづつ色を変えていく空の下で、俺は目の前にあるアッシュフォード学園の校舎を見上げていた。会長が先日仕掛けたラストイベントで発生した青いハートやピンクのハート争奪戦の喧騒が嘘のように、辺りは静まり返っている。時間ギリギリまで粘っている生徒がいるのか、ぽつりぽつりといくつかの教室に明かりがついてはいるものの、それ以外の教室の明かりは落とされていた。
視線を少しずらせば、そう遠くない未来で存在を消されてしまうクラブハウスは、まだその姿を完全に残している。俺とロロが過ごした、場所が。
何もかもが懐かしい。ここで交わした言葉や、ここでやった様々なコト……。決して短くはなかったここでの時間を思い出しながら俺が感傷に浸っていると、
「あれぇ? ルル、どうしたの?」
懐かしい声がした。声のした方を向けば、そこにはシャーリーが立っていた。
「なんでもないよ。…ただ、今年卒業なんだな、と思ってさ。会長も卒業してしまったし」
「そうだね……。卒業、か……」
シャーリーもまたしんみりとした顔をしながら校舎を見上げる。そう。彼女だって本当は卒業する筈だったのだ、この年に。
今思えば彼女の死は、俺も含めて数多くの人間の運命を決定的に変えてしまったのだろう。俺は浅慮の果てに作戦の致命的な失敗を招き、スザクと二人で会うことを余儀なくされた。それがやがて、シュナイゼルのカードを増やすことになり、黒の騎士団の裏切りを招いた。その先で俺は……。
「あ! 私これから買い物なんだけど、ルルも一緒にどうかな?」
シャーリーに言われて、俺は首を横に振った。
「これから、会う人がいるんだ」
「えっと……女の子?」
シャーリーは俺に一歩近づいて、興味津々といった様子で訊いてきた。
俺はそれにノって、一度深刻そうな顔を作ってから、声を低くする。
「実は……」
「じ、実は?」
俺の作り出した空気に飲まれてシャーリーもまた真剣な顔して、両手を握りしめて上半身を屈める。
「…彼氏に、会うんだ」
俺が冗談めかして言うと、シャーリーは盛大に吹き出した。
「もーう! ルルが言うと、冗談に聞こえないよ!」
シャーリーは俺の肩をばしばしと叩いて気が済むまで笑ってから、じゃあまた明日ね! と言って去ろうとした。
俺はふと思い出して、彼女を呼び止める。
「ああ、そうだシャーリー。今日は雨が降るから、傘を持っていた方がいい。買い物、結構かかるんだろう?」
俺の記憶が確かなら、夜に大雨が降ってきた筈だ。
「ええ!? そうなの!? 天気予報、全然見てなかった…。前も急に降ってきたから、傘買ったばかりなんだよね…。部屋に取りに戻るよ。ありがとうルル、じゃあね!」
俺はシャーリーの姿が見えなくなるまで見送ってから、再び学園の校舎を見上げた。
* * *
――― ドウカ、コレ以上………。
* * *
校舎の中に歩を進め、俺は一歩一歩、屋上に向かう階段を昇って行く。少しづつ、目的に近づいているという事実に、俺の手は自然と硬く握り締められた。頭の中でこれからの戦略を練ろうとするが、編まれたその構成は、すぐにするすると解けてしまう。
戦略も戦術も、結局は編みようがないのだと、本当はわかっている。何故なら俺は、これから対峙する相手のことを、おそらくは世界で一番知っていて、それゆえに知らない人間なのだから。
* * *
――― ドウカ、気ヅイテクダサイ。貴方ノ悲シミガ、嘆キガ、苦シミガ、貴方ヲ何処ヘト連レテイコウトシテイルノカヲ……。
* * *
屋上へと辿り着く。
そこには、俺の予想通り、先客がいた。
先客の名は、ルルーシュ・ランペルージもしくはルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。…つまりは、「俺」だ。「俺」はこちらに背を向けて誰かと電話をしていた。
俺は、「俺」が電話を終えるのを、待った。
「…ん?」
電話を終えた「俺」は何か気配を感じたのか、こちらの方を警戒するように振り向いた。「俺」の視線は数秒俺の身体の辺りを彷徨ってから、すぐに違う場所を探すように場所を変えていく。
シャーリーには俺の姿が見えていた。だが「俺」には姿が見えていないとなると…。時間の経過と共に、人間に姿を見せることが出来なくなってしまったのかもしれない。
姿が見えずとも何かを感じるのか、「俺」は厳しい顔をしたまま、
「誰か、いるのか」
落ち着いた声で言った。
「ああ、いるさ。お前の目の前に」
「俺」のすぐ傍で言えば、「俺」は俺の口のあたりをじっ、と見つめた。声は聞こえているようだ。
「誰だ…と聞いても無駄な相手みたいだな。なんだ、姿を消す能力でも、持っているのか?」
落ち着き払った態度に、さすがは「俺」だ、と俺は自分のことながら感心した。絶対遵守の能力、相手の心を読む能力、記憶を改変する能力、…そして、体感時間を止める能力。こんな能力を持っている人間達がいたのだから、たしかに姿を消す能力を持つ人間がいてもおかしくない。だが少しは驚け「俺」、と思いながらも俺はさっさと本題を切り出す。
「あいつを苦しめて、さぞご満悦だろう」
「何のことだ」
「あいつのギアスの弱点を知っておきながら、どうでもいい所でギアスを使わせた。…あいつが消耗することを知りながら」
俺はこの頃、ロロを人として見なしていなかった。そう思い込んでいたのか、本当にそうだったのか、それともそうしていたいと願っていたのか、今となってはもうわからない。
ユフィの死が、スザクと俺の間に決定的な溝を作り出し、また、彼女の死から生まれた悲しみと怒りが大量破壊兵器フレイアの完成を導いたように、シャーリーの死が俺の怒りを爆発させ、結果的に大勢の人間の運命を変えてしまった。変わってしまった運命の中に、俺とロロの結末もまた、含まれている。
俺はロロを失ってから、シャーリーの死を振り返り、愕然とした。何故、シャーリーが殺されなければならなかったのか、俺は、一度として考えたことがなかったのだ。
あまりに悲しかったから考えなかった?
あまりに辛かったから考えなかった?
あまりの怒りで考える理性すら残っていなかったから?
違う。
答えは一つ。俺が、一度もロロを一人の人間として見なしていなかったからだ。ロロにも心があるのだと、そんな当たり前の事実を見て見ぬふりをして素通りしていた。だから、考えもしなかったのだ。何がロロに引き金を引かせたのか。ロロが何を思って、何を理由に、シャーリーの命を奪ったのか。
シャーリーを殺したというロロの言葉だけを聞き、その後の言葉に込められた感情に、俺は耳を傾けようともしなかった。だからこそ、俺は、ロロに「よくやった」としか言わなかった。怒る理由がなかったからだ。何故なら相手は人間ではないと思っていたから。勝手に暴走した、使い捨ての道具。そんな物に人の感情など理解が出来るわけがない。だから何を言っても無駄で、気に入らないなら壊せばいいのだ、と傲慢にも信じていた。
今、思う。
ロロと、人として向き合ってこなかった俺の態度こそが、ロロに引き金を引かせたのではないかと。一度でもロロを人間として見つめていたら、シャーリーの死という運命のターニング・ポイントが違うものへと変わったのかもしれないと。
これは的外れな予想なのかもしれない。しかし、たった一つだけ確かなことは、この予想が的外れなのか否か、それがわからない程に、俺がロロの心に無関心であったということだけだ。
俺との日々を、ロロがどんな想いで生きていたのか、どんなに知りたいと願っても、俺はもう知ることは出来ないのだ。
ロロと擦れ違ったままの結末を変えたいと望むなら、まず、「俺」がロロと人として向き合うしかない。そこからしか、何も始まらない。
かと言って、ロロの死に直面するまで、俺は人として向き合えずにいたというのに、どうすれば「俺」がロロと向き合えるかはわからない。それでも、限られた時間の中で、俺が「俺」と話すことでほんの少しでも「俺」が変わるきっかけを作れれば、あの結末は変わるかもしれない。
悲しすぎるあの結末を変える為に、俺は、ここへとやってきたのだ。
勿論、「俺」が俺の話しに応じるかは未知数だ。
俺のことを、姿を消すギアスを有する能力者だと考えるなら、うかつにロロのことを本音で話すわけにはいかないと思うかもしれない。
「そうだが? それに何か問題でも?」
俺の予想とは裏腹に、「俺」はあっさり認めた。
「お前があいつをどう思おうが、あいつは人間だ。道具じゃない。…痛みも悲しみも感じる、人間だ」
何の説明もせずに、俺はただ、ぶつ切りの言葉を紡ぐ。
俺が何かしたとしても、今更、「俺」はロロと向き合わないかもしれない。例え、「俺」がロロと向かい合ったとしても、何も、変わらないのかもしれない。
だが、俺は、あんな結末を絶対に繰り返えさせたくはないのだ。
「あいつが? 人間?」
平然と「俺」に言われて、ロロの最期を知っている俺の頭に血がのぼりそうになるが、なんとかして抑える。本心を言うなら、俺は「俺」を今すぐ屋上から放り投げてやりたかった。その身に、魂に詰め込まれた汚濁を撒き散らせて死ねばいい。だが、この世界で生きているロロの未来を切り拓けるのは他ならぬ「俺」しかいない。
ロロには、何処にも行き場がないのだ。
それをわかっていて、ロロが従順なのをいいことに、俺はロロを利用し続け、心の伴わない言葉を吐き続けた。その言葉をロロがどう受け取り、何を思っていたのかなんて、頭の片隅にも置いていなかった。
「どんなにお前が演技をした所で、あいつは嘘に気づいている」
俺は、警告した。
『兄さんは、嘘つきだから』。死に蝕まれながら、それでもロロは幸せそうに微笑んでいた。『嘘だよね…僕が嫌いなんて。僕を殺そうとしたなんて』。そう告げながら、ロロの瞳は俺に懇願していたのだ。お願いだから、嘘でいいから、最後に優しい言葉が欲しいと。最後の一瞬に俺がロロを心から愛したことも、ロロは知らないままに逝ってしまった。俺に人として扱われていなかったと知りながら、俺の嘘をせめてもの慰めとしたまま、復路のない旅路へと歩みだしてしまった。
今思えば、俺に愛されていなかったことを、ロロは最初からなんとなくでもわかっていたのだろう。だからこそ、ロロは何度も『約束覚えてるよね』と訊いてきた。嘘だとわかっていながら、それでも俺の言葉が欲しかったのだ。嘘の微笑と共に与えられる、『お前には嘘はつかないよ。約束は守るから』という言葉を。その嘘だけが、俺からロロへと手渡した唯一のものだった。
その嘘が、ロロを蝕んでいたのだとしたら。
愛されたいと必死に望みながら、日々、薄汚れた、優しさの欠片もない嘘を注ぎ続けられた心は、どんな花を咲かせるというのだろう。与えられた土も注がれる水も嘘に汚染され、暖かい陽光を望んでも冷たい闇だけにあたりを支配され、花を咲かせることすら出来ずに枯れ果てるとしたら、その心は、抵抗できるなら、抵抗しようとするのではないだろうか? 抵抗することで、美しい花を咲かせることが出来る土に根を生やし、綺麗な水を飲み、暖かい日光の前に葉を広げることが出来るというのなら、誰だって抵抗するだろう。
それなのに俺は、平気な顔で汚れた水を注ぎ続けたのだ。ロロが抵抗しようするなんて露とも思わずに。ロロだって幸せになりたいと望むのだと、そんな当たり前ことを夢物語のように思っていたのだ。
幸せになりたい。その想いを無かったことにされていた痛みと焦燥が、俺にすら道具として扱われ続けることで、ロロの過去や俺の業と結びつき絡みつき、数多くの人間の運命を決定的に変えた凶弾を撃ち出したのだとしたら。負うべき責は、俺にある。
そして銃声が鳴り響いた瞬間に、ロロの救いようのないあの結末までもが導かれたというのなら、ロロを命を奪ったのは、他の誰でもない、俺だ。
「あいつが? 俺の言うことならなんでも聞く、あいつが? ありえないな」
「俺」は100%の自信の下で、そう言った。
醜悪だ。と思った。人を人として見なさないことに、何の疑問も持たないかつての自分を。
鼠が飲んでも病気になりそうな下水でも見ている気分になりながら、ロロは俺の一体何処か好きになったのだろうか。と考えてしまう。ただ、選択肢がなかったからではないのだろうか。ロロの正体を知った上で、表面上だけでもあいつを愛そうとする人間が俺以外にいなかったから。
生まれたばかりの鳥の雛が初めて見たものを親と思い込むように、ロロもまた、記憶が改変された俺との生活に人生で初めての暖かさを感じたから、俺を好きだと思い込んだのだとしたら。
俺の、この想いは、一体何なのだろう?
* * *
――― ドウカコレ以上、苦シマナイデクダサイ
――― ドウカコレ以上、悲シマナイデクダサイ
――― ドウカコレ以上、自分ヲ傷ツケナイデクダサイ
――― ドウカ、悲シミニ支配サレタ魂ノ行キツク場所ヘト、自分ヲ追イ詰メナイデクダサイ
* * *
ただ、不毛な時間が流れた。
「俺」と俺の会話は、「俺」に何の変化ももたらさなかった。
あちらも俺との会話になんの収穫も得られないと判断したのだろう、途中で会話を拒絶して、下の階へ降りる階段へと消えていった。
俺はただ、黒に染まりきった夜空に見下ろされながら、立ちすくむ。
「俺」を追いかけたところで、何を話せばいいのか、何もわからない。取るに足らないと切り捨てようとしているものが、どれだけ大切かを語ろうとも、頑なにそれを否定する人間に、何を語っても無駄なのだろうか。俺と同じように、「俺」は、失わなければ、気づかないのだろうか。
もっと、もっと時間があれば。「俺」の気持ちを変えられたかもしれない。
だが、限界が近づいていた。死者がいつまでも命ある者の世界に留まることを許さない何かの力が、俺を引き裂こうとしているのがわかる。今まで必死に抗ってはいたものの、意識を保っていられるのはあと僅かな時間だろう。
俺は、「俺」を変える為に、ここへやってきた。だが、それが不可能なら、ここに在り続ける意味はない。
ならば。
さぁ、好きに食らえばいい。愛しい弟の運命一つ、変えることすら出来ない、俺の卑小な魂を。
そうやって俺が自分の魂を捧げようとした瞬間、
「……兄さん」
背後から聞こえてきた懐かしすぎる声に、俺の背筋から指先までびりびりとした痺れが走った。
* * *
――― ドウカ、冷タク暗イ場所ヘト、独リデ逝カナイデ。
後編に続きます。
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・敢えて ↑ 以外の説明は全て省きます。
何も、変わらないのかもしれない。
何も、変えられないのかもしれない。
それでも、俺は……。
受け継がれた話(前編)
――― ドウカコレ以上、苦シマナイデクダサイ
――― ドウカコレ以上、悲シマナイデクダサイ
――― ドウカコレ以上、自分ヲ傷ツケナイデクダサイ
――― ドウカ……、
* * *
夕焼けの赤から夜の帳へと少しづつ色を変えていく空の下で、俺は目の前にあるアッシュフォード学園の校舎を見上げていた。会長が先日仕掛けたラストイベントで発生した青いハートやピンクのハート争奪戦の喧騒が嘘のように、辺りは静まり返っている。時間ギリギリまで粘っている生徒がいるのか、ぽつりぽつりといくつかの教室に明かりがついてはいるものの、それ以外の教室の明かりは落とされていた。
視線を少しずらせば、そう遠くない未来で存在を消されてしまうクラブハウスは、まだその姿を完全に残している。俺とロロが過ごした、場所が。
何もかもが懐かしい。ここで交わした言葉や、ここでやった様々なコト……。決して短くはなかったここでの時間を思い出しながら俺が感傷に浸っていると、
「あれぇ? ルル、どうしたの?」
懐かしい声がした。声のした方を向けば、そこにはシャーリーが立っていた。
「なんでもないよ。…ただ、今年卒業なんだな、と思ってさ。会長も卒業してしまったし」
「そうだね……。卒業、か……」
シャーリーもまたしんみりとした顔をしながら校舎を見上げる。そう。彼女だって本当は卒業する筈だったのだ、この年に。
今思えば彼女の死は、俺も含めて数多くの人間の運命を決定的に変えてしまったのだろう。俺は浅慮の果てに作戦の致命的な失敗を招き、スザクと二人で会うことを余儀なくされた。それがやがて、シュナイゼルのカードを増やすことになり、黒の騎士団の裏切りを招いた。その先で俺は……。
「あ! 私これから買い物なんだけど、ルルも一緒にどうかな?」
シャーリーに言われて、俺は首を横に振った。
「これから、会う人がいるんだ」
「えっと……女の子?」
シャーリーは俺に一歩近づいて、興味津々といった様子で訊いてきた。
俺はそれにノって、一度深刻そうな顔を作ってから、声を低くする。
「実は……」
「じ、実は?」
俺の作り出した空気に飲まれてシャーリーもまた真剣な顔して、両手を握りしめて上半身を屈める。
「…彼氏に、会うんだ」
俺が冗談めかして言うと、シャーリーは盛大に吹き出した。
「もーう! ルルが言うと、冗談に聞こえないよ!」
シャーリーは俺の肩をばしばしと叩いて気が済むまで笑ってから、じゃあまた明日ね! と言って去ろうとした。
俺はふと思い出して、彼女を呼び止める。
「ああ、そうだシャーリー。今日は雨が降るから、傘を持っていた方がいい。買い物、結構かかるんだろう?」
俺の記憶が確かなら、夜に大雨が降ってきた筈だ。
「ええ!? そうなの!? 天気予報、全然見てなかった…。前も急に降ってきたから、傘買ったばかりなんだよね…。部屋に取りに戻るよ。ありがとうルル、じゃあね!」
俺はシャーリーの姿が見えなくなるまで見送ってから、再び学園の校舎を見上げた。
* * *
――― ドウカ、コレ以上………。
* * *
校舎の中に歩を進め、俺は一歩一歩、屋上に向かう階段を昇って行く。少しづつ、目的に近づいているという事実に、俺の手は自然と硬く握り締められた。頭の中でこれからの戦略を練ろうとするが、編まれたその構成は、すぐにするすると解けてしまう。
戦略も戦術も、結局は編みようがないのだと、本当はわかっている。何故なら俺は、これから対峙する相手のことを、おそらくは世界で一番知っていて、それゆえに知らない人間なのだから。
* * *
――― ドウカ、気ヅイテクダサイ。貴方ノ悲シミガ、嘆キガ、苦シミガ、貴方ヲ何処ヘト連レテイコウトシテイルノカヲ……。
* * *
屋上へと辿り着く。
そこには、俺の予想通り、先客がいた。
先客の名は、ルルーシュ・ランペルージもしくはルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。…つまりは、「俺」だ。「俺」はこちらに背を向けて誰かと電話をしていた。
俺は、「俺」が電話を終えるのを、待った。
「…ん?」
電話を終えた「俺」は何か気配を感じたのか、こちらの方を警戒するように振り向いた。「俺」の視線は数秒俺の身体の辺りを彷徨ってから、すぐに違う場所を探すように場所を変えていく。
シャーリーには俺の姿が見えていた。だが「俺」には姿が見えていないとなると…。時間の経過と共に、人間に姿を見せることが出来なくなってしまったのかもしれない。
姿が見えずとも何かを感じるのか、「俺」は厳しい顔をしたまま、
「誰か、いるのか」
落ち着いた声で言った。
「ああ、いるさ。お前の目の前に」
「俺」のすぐ傍で言えば、「俺」は俺の口のあたりをじっ、と見つめた。声は聞こえているようだ。
「誰だ…と聞いても無駄な相手みたいだな。なんだ、姿を消す能力でも、持っているのか?」
落ち着き払った態度に、さすがは「俺」だ、と俺は自分のことながら感心した。絶対遵守の能力、相手の心を読む能力、記憶を改変する能力、…そして、体感時間を止める能力。こんな能力を持っている人間達がいたのだから、たしかに姿を消す能力を持つ人間がいてもおかしくない。だが少しは驚け「俺」、と思いながらも俺はさっさと本題を切り出す。
「あいつを苦しめて、さぞご満悦だろう」
「何のことだ」
「あいつのギアスの弱点を知っておきながら、どうでもいい所でギアスを使わせた。…あいつが消耗することを知りながら」
俺はこの頃、ロロを人として見なしていなかった。そう思い込んでいたのか、本当にそうだったのか、それともそうしていたいと願っていたのか、今となってはもうわからない。
ユフィの死が、スザクと俺の間に決定的な溝を作り出し、また、彼女の死から生まれた悲しみと怒りが大量破壊兵器フレイアの完成を導いたように、シャーリーの死が俺の怒りを爆発させ、結果的に大勢の人間の運命を変えてしまった。変わってしまった運命の中に、俺とロロの結末もまた、含まれている。
俺はロロを失ってから、シャーリーの死を振り返り、愕然とした。何故、シャーリーが殺されなければならなかったのか、俺は、一度として考えたことがなかったのだ。
あまりに悲しかったから考えなかった?
あまりに辛かったから考えなかった?
あまりの怒りで考える理性すら残っていなかったから?
違う。
答えは一つ。俺が、一度もロロを一人の人間として見なしていなかったからだ。ロロにも心があるのだと、そんな当たり前の事実を見て見ぬふりをして素通りしていた。だから、考えもしなかったのだ。何がロロに引き金を引かせたのか。ロロが何を思って、何を理由に、シャーリーの命を奪ったのか。
シャーリーを殺したというロロの言葉だけを聞き、その後の言葉に込められた感情に、俺は耳を傾けようともしなかった。だからこそ、俺は、ロロに「よくやった」としか言わなかった。怒る理由がなかったからだ。何故なら相手は人間ではないと思っていたから。勝手に暴走した、使い捨ての道具。そんな物に人の感情など理解が出来るわけがない。だから何を言っても無駄で、気に入らないなら壊せばいいのだ、と傲慢にも信じていた。
今、思う。
ロロと、人として向き合ってこなかった俺の態度こそが、ロロに引き金を引かせたのではないかと。一度でもロロを人間として見つめていたら、シャーリーの死という運命のターニング・ポイントが違うものへと変わったのかもしれないと。
これは的外れな予想なのかもしれない。しかし、たった一つだけ確かなことは、この予想が的外れなのか否か、それがわからない程に、俺がロロの心に無関心であったということだけだ。
俺との日々を、ロロがどんな想いで生きていたのか、どんなに知りたいと願っても、俺はもう知ることは出来ないのだ。
ロロと擦れ違ったままの結末を変えたいと望むなら、まず、「俺」がロロと人として向き合うしかない。そこからしか、何も始まらない。
かと言って、ロロの死に直面するまで、俺は人として向き合えずにいたというのに、どうすれば「俺」がロロと向き合えるかはわからない。それでも、限られた時間の中で、俺が「俺」と話すことでほんの少しでも「俺」が変わるきっかけを作れれば、あの結末は変わるかもしれない。
悲しすぎるあの結末を変える為に、俺は、ここへとやってきたのだ。
勿論、「俺」が俺の話しに応じるかは未知数だ。
俺のことを、姿を消すギアスを有する能力者だと考えるなら、うかつにロロのことを本音で話すわけにはいかないと思うかもしれない。
「そうだが? それに何か問題でも?」
俺の予想とは裏腹に、「俺」はあっさり認めた。
「お前があいつをどう思おうが、あいつは人間だ。道具じゃない。…痛みも悲しみも感じる、人間だ」
何の説明もせずに、俺はただ、ぶつ切りの言葉を紡ぐ。
俺が何かしたとしても、今更、「俺」はロロと向き合わないかもしれない。例え、「俺」がロロと向かい合ったとしても、何も、変わらないのかもしれない。
だが、俺は、あんな結末を絶対に繰り返えさせたくはないのだ。
「あいつが? 人間?」
平然と「俺」に言われて、ロロの最期を知っている俺の頭に血がのぼりそうになるが、なんとかして抑える。本心を言うなら、俺は「俺」を今すぐ屋上から放り投げてやりたかった。その身に、魂に詰め込まれた汚濁を撒き散らせて死ねばいい。だが、この世界で生きているロロの未来を切り拓けるのは他ならぬ「俺」しかいない。
ロロには、何処にも行き場がないのだ。
それをわかっていて、ロロが従順なのをいいことに、俺はロロを利用し続け、心の伴わない言葉を吐き続けた。その言葉をロロがどう受け取り、何を思っていたのかなんて、頭の片隅にも置いていなかった。
「どんなにお前が演技をした所で、あいつは嘘に気づいている」
俺は、警告した。
『兄さんは、嘘つきだから』。死に蝕まれながら、それでもロロは幸せそうに微笑んでいた。『嘘だよね…僕が嫌いなんて。僕を殺そうとしたなんて』。そう告げながら、ロロの瞳は俺に懇願していたのだ。お願いだから、嘘でいいから、最後に優しい言葉が欲しいと。最後の一瞬に俺がロロを心から愛したことも、ロロは知らないままに逝ってしまった。俺に人として扱われていなかったと知りながら、俺の嘘をせめてもの慰めとしたまま、復路のない旅路へと歩みだしてしまった。
今思えば、俺に愛されていなかったことを、ロロは最初からなんとなくでもわかっていたのだろう。だからこそ、ロロは何度も『約束覚えてるよね』と訊いてきた。嘘だとわかっていながら、それでも俺の言葉が欲しかったのだ。嘘の微笑と共に与えられる、『お前には嘘はつかないよ。約束は守るから』という言葉を。その嘘だけが、俺からロロへと手渡した唯一のものだった。
その嘘が、ロロを蝕んでいたのだとしたら。
愛されたいと必死に望みながら、日々、薄汚れた、優しさの欠片もない嘘を注ぎ続けられた心は、どんな花を咲かせるというのだろう。与えられた土も注がれる水も嘘に汚染され、暖かい陽光を望んでも冷たい闇だけにあたりを支配され、花を咲かせることすら出来ずに枯れ果てるとしたら、その心は、抵抗できるなら、抵抗しようとするのではないだろうか? 抵抗することで、美しい花を咲かせることが出来る土に根を生やし、綺麗な水を飲み、暖かい日光の前に葉を広げることが出来るというのなら、誰だって抵抗するだろう。
それなのに俺は、平気な顔で汚れた水を注ぎ続けたのだ。ロロが抵抗しようするなんて露とも思わずに。ロロだって幸せになりたいと望むのだと、そんな当たり前ことを夢物語のように思っていたのだ。
幸せになりたい。その想いを無かったことにされていた痛みと焦燥が、俺にすら道具として扱われ続けることで、ロロの過去や俺の業と結びつき絡みつき、数多くの人間の運命を決定的に変えた凶弾を撃ち出したのだとしたら。負うべき責は、俺にある。
そして銃声が鳴り響いた瞬間に、ロロの救いようのないあの結末までもが導かれたというのなら、ロロを命を奪ったのは、他の誰でもない、俺だ。
「あいつが? 俺の言うことならなんでも聞く、あいつが? ありえないな」
「俺」は100%の自信の下で、そう言った。
醜悪だ。と思った。人を人として見なさないことに、何の疑問も持たないかつての自分を。
鼠が飲んでも病気になりそうな下水でも見ている気分になりながら、ロロは俺の一体何処か好きになったのだろうか。と考えてしまう。ただ、選択肢がなかったからではないのだろうか。ロロの正体を知った上で、表面上だけでもあいつを愛そうとする人間が俺以外にいなかったから。
生まれたばかりの鳥の雛が初めて見たものを親と思い込むように、ロロもまた、記憶が改変された俺との生活に人生で初めての暖かさを感じたから、俺を好きだと思い込んだのだとしたら。
俺の、この想いは、一体何なのだろう?
* * *
――― ドウカコレ以上、苦シマナイデクダサイ
――― ドウカコレ以上、悲シマナイデクダサイ
――― ドウカコレ以上、自分ヲ傷ツケナイデクダサイ
――― ドウカ、悲シミニ支配サレタ魂ノ行キツク場所ヘト、自分ヲ追イ詰メナイデクダサイ
* * *
ただ、不毛な時間が流れた。
「俺」と俺の会話は、「俺」に何の変化ももたらさなかった。
あちらも俺との会話になんの収穫も得られないと判断したのだろう、途中で会話を拒絶して、下の階へ降りる階段へと消えていった。
俺はただ、黒に染まりきった夜空に見下ろされながら、立ちすくむ。
「俺」を追いかけたところで、何を話せばいいのか、何もわからない。取るに足らないと切り捨てようとしているものが、どれだけ大切かを語ろうとも、頑なにそれを否定する人間に、何を語っても無駄なのだろうか。俺と同じように、「俺」は、失わなければ、気づかないのだろうか。
もっと、もっと時間があれば。「俺」の気持ちを変えられたかもしれない。
だが、限界が近づいていた。死者がいつまでも命ある者の世界に留まることを許さない何かの力が、俺を引き裂こうとしているのがわかる。今まで必死に抗ってはいたものの、意識を保っていられるのはあと僅かな時間だろう。
俺は、「俺」を変える為に、ここへやってきた。だが、それが不可能なら、ここに在り続ける意味はない。
ならば。
さぁ、好きに食らえばいい。愛しい弟の運命一つ、変えることすら出来ない、俺の卑小な魂を。
そうやって俺が自分の魂を捧げようとした瞬間、
「……兄さん」
背後から聞こえてきた懐かしすぎる声に、俺の背筋から指先までびりびりとした痺れが走った。
* * *
――― ドウカ、冷タク暗イ場所ヘト、独リデ逝カナイデ。
後編に続きます。
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