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  実は去年と切ない誕生日と、(5)



 いつもなら、音を立てないように自室のドアは丁寧に閉じるのだけれど、今回ばかりは、そんな気配りなんて全く出来ずにロロは乱暴にドアを閉じた。
 パーティーから飛び出してくるなんて、と思いながら、ロロは今閉じたばかりのドアに背を預け、自分が今薄暗い部屋で落ち込まなければいけなくなった元凶を見下ろした。昨日見た時よりも、一回りも二回りも小さく見える、薄紫色の円柱形の箱を。

 (僕と同じ。偽物……)

 ナナリーがいたなら、もっと別の物になっていた筈の、プレゼント。
 今自分が手にしているそれを見れば見るほどに、思い知らされてしまう。

 どこまで行っても、
 どんなに頑張っても、
 過去は変えられない。

 自分が偽物だという事実も、まともなプレゼント一つ贈れないような人生を歩んできたという事実も、永遠に消すことは出来ないのだ。

 手中にあるプレゼントの箱に絶えず責められているような感覚に陥って、ロロは薄紫色の箱を床に思わず叩き付けそうになる。しかし、プレゼントを手にした腕を高く振り上げた時、中に入っている瓶が割れれば中身が箱から染み出てくることに気が付いて、ロロはゆっくりと手を降ろした。
 最近敷いたばかりの絨毯を汚しでもしたら、ルルーシュに何事かと思われるだろう。大体、箱が叩きつけられる音が聞こえたら、ルルーシュが飛んでくるに違いない。ただでさえ、「調子が悪い」なんて嘘をついてパーティーから飛び出してきたのだ。これ以上ルルーシュに心配をかけたくない。
 プレゼントを手にしたまま、ロロはふらふらとしてから、ベッドに倒れこんだ。最早貧相にしか見えないプレゼントの箱を目にするのも嫌で、箱だけを毛布の下に潜り込ませてしまう。

 「兄さん、…ごめんなさい」

 大切な人の誕生日に水を差してしまったことに罪悪感を覚えながら、ロロは枕に顔を埋める。
 今、わかった。
 自分は、自分が思っていた以上に、心の底からルルーシュの本当の弟になりたかったのだ。過去は変えられない。それでもルルーシュと共にいたという過去も、現在も、未来も欲しいと、自分は願ってしまっていたのだ。いつかは終わる関係。終わりがこなければならない関係なのに。
 それでもどこかで、自分は、ルルーシュの「本当の弟」になれると甘く信じてしまっていたのだろう。
 結果は、このザマだ。

 『ロロ』

 ノックの音と共に、ドアの外からルルーシュの声が聞こえて、ロロは飛び起きた。

 「……兄さん??」
 『入っても平気か?』

 調子が悪い、と言って飛び出してきたことを思い出して、ロロは急いで毛布の下に脚を滑り込ませる。

 「う…うん!!」

 慌ててロロが答えれば、すぐにドアが開かれ、ルルーシュの顔が覗いた。

 「……悪かったな」
 「え?」

 部屋に入った瞬間にルルーシュが言った言葉の意味が、ロロは理解出来なかった。

 「家事、本当に全部任せたからな。……疲れが出たんだろう」

 すまなそうな顔をしながらベッドに腰掛けるルルーシュに、ロロは違うよ、と言おうとしたが、

 「熱は……」

 そう言いながら自分自身の額をロロのそれにつけ、熱がないか確かめようとするルルーシュが相手では、言葉を飲み込まざるを得なかった。
 元々熱がなくても、こんなことをされたら熱が上がってしまうと焦るロロの心を知ってか知らずか、ルルーシュは少し考えてから、言った。

 「少し…あるみたいだな。何か飲みたいものは?」

 ロロを労わるように発せられる言葉に、ロロは俯く。こんなに優しい人の誕生日パーティーから、自分は飛び出してきてしまった。

 「ごめんね、兄さん。……誕生日パーティー、抜け出してきたんでしょう」

 ルルーシュの問いにとてもまともには答えられず、ロロは頭を下げた。

 「そんなこと、気にするな。…どうせお開きになる所だったんだ。俺は片付けはやらなくていいらしいし。どちらにしろ、ロロのプレゼントで最後だったんだよ」

 『ロロのプレゼント』という言葉に、ロロは思わず、ロロの傍にある不自然な毛布の膨らみを見た。しまった、と思った時には、ロロにつられてルルーシュもその膨らみを見ていた。
 顔を上げれば、ルルーシュはロロの言葉を待つように、穏やな表情を浮かべている。
 ルルーシュのその視線に観念して、ロロは毛布の下にあるプレゼントの箱を取り出した。

 「これ……自分で材料集めて作ったんだけど……でも……」

 ルルーシュの耳に何かを吹き込むリヴァル、「喜んでくれると信じてる」と笑うミレイ、シャーリーが作った焼き菓子の数々が頭を過ぎり、ロロは口ごもる。冴えないプレゼントの箱を、今更ルルーシュから隠すわけにもいかないと分かってはいても、やはりルルーシュに見て欲しくないと思ってしまう。

 「……あの……」

 ヤッパリ、コンナ物、兄サンニ見テ欲シクナイ
 コンナ物、ハ。

 「ゴメン、あまり上手く出来なかったから、だから、明日、別の……」
 「これがいい」

 ロロが続けて言おうとすれば、ルルーシュはひょい、とロロの手からプレゼントの箱を奪った。

 「え、駄目だよ! それは……っ……」
 「これがいい」

 ロロが慌てて箱を取り返そうとしても、ルルーシュは器用にロロの手が箱に届かないように避けてしまう。

 「一生懸命、作ってくれたんだろう?」
 「そう、だけど……」
 「なら、これがほしい」

 真っ直ぐに見つめられて、何も言えずにいると、ルルーシュが「これが、ほしい」と繰り返す。

 「がっかりすると、思うけど……」
 「がっかりなんてしない」

 開けても、いいだろう? と澄んだ瞳で真っ直ぐに言われてしまえば、逆らうなんて出来るわけがない。

 「…貰って、ください」
 「ありがとう」

 ロロが縮こまって言えば、ルルーシュはにっこりと笑って、箱に結ばれたリボンに手をやった。
 中に入っているプレゼントがルルーシュによって箱から出される瞬間も、プレゼントを見たルルーシュの表情が変わる瞬間も見たくなくて、ロロはきつく目を閉じた。
 するするとリボンが解かれていく音、蓋が開けられる音が、やけに大きく耳に響く。
 もうルルーシュには中身が見えている筈だけれど、ルルーシュからの言葉はない。やはりがっかりさせてしまったのだろうか、と怖くて目を開けられないでいると、

 「!?」

 急にルルーシュに顎を捕まれて、驚いて目を開ければ、目の前には細められた紫の瞳があった。
 自分がルルーシュとキスしていると気づいたのは、口内に甘酸っぱい味が広がったからだ。
 見開いたままの瞳でルルーシュの後ろを見れば、ベッドの上には、解かれたリボンと、薄紫色の箱と蓋、ブルーベリージャムの入った瓶と、ほんの少しだけ紫色の残った銀のスプーンがティッシュの上に置かれているのが目に入った。

 「んんっ……」

 ロロが強制的にプレゼントの味をルルーシュの舌と共に味合わさせられた後、

 「おいしかった、だろう?」

 ルルーシュは笑みを浮かべて言った。
 確かに先程まで口内にあったプレゼントはとても美味しかったけれど、それはロロが作ったブルーベリージャムが美味しかったからなのか、ルルーシュの唇と舌が自分の味覚を麻痺させたのかはわからなかった。

 「口で言っても信じてくれそうになかったからな」

 こんな風にされてしまったら、「本当においしかったの?」と訊く余地なんてない。ルルーシュが本当においしいと思ってくれたんだと思うと、頬が熱を帯びたのが、自分でもわかった。

 「ありがとうロロ。食べるのが勿体無いぐらいだよ」

 ありがとう、ともう一度口にしながら、ルルーシュは手を伸ばして、ロロの髪を撫でた。
 喜んでもらえたとわかった瞬間に、つい先程まで貧相にしか見えなかったプレゼントの箱も、ブルーベリージャムの入った瓶も特別なものに見えてくる。
 ルルーシュの言葉一つで、あっさりと悲しみや不安が消えてしまったことに戸惑いながらも、ロロは理解した。

 たとえ、本当の兄弟になれなくても、
 いつか、終わる関係だとしても、
 ルルーシュの誕生日を祝いたいと思ったこと、そしてルルーシュが喜んでくれて嬉しいという気持ちは、本物。
 それらの感情を生み出した、ルルーシュを好きだと思うこの気持ちだけが、自分の中にある確かなものだ。
 それが、他には何も持っていない自分が、持っている唯一のもの。
 その唯一のものをくれたのは、他の誰でもない、ルルーシュだ。

 だから、もう一度、ちゃんと、言いたい。
 自分が持っているたった一つのものを、大好きな人にあげたいから。

 「兄さん、誕生日、おめでとう」



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現在のお礼SS:ロロルルロロ一本。
効能:管理人のMP回復。感想一言頂けるととても喜びます。
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