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<October,25>(後編)
ルルーシュに頼まれた買い物を済ませた、帰り。
ロロは帰りたくないなぁと思いながら、公園のベンチに座って秋の夕暮れを見上げていた。
ルルーシュが自分を遠ざけたいのだということがわかったのは、一昨日のアーニャとの“デート”の時、アーニャが花の写真を撮っている横で、ふと携帯電話のニュースを見た時だ。画面に映っていたのは、世界で一番有名な少女の記事。
――ルルーシュの最愛の妹、ナナリーの。
これまでのルルーシュの行動。ナナリー。そして、その時の日付。
一昨日、自分がその記事を見た時は、10月23日だった。
つまり、
今日は、
10月、25日。
(……ナナリーの、誕生日……)
暮れて行く日と共に下がっていく周囲の気温に身を震わせながら、ロロは睫毛を伏せる。
(そうだよね。ナナリーの誕生日、お祝いしたいよね。だって、去年は……)
ロロは携帯電話を取り出して、ハート型のストラップを見た。
(去年兄さんは、ナナリーの誕生日のお祝い、出来なかったんだから……)
ブラックリべリオンのあと、兄妹として時間を過ごすことはないまま、ルルーシュとナナリーの二人は、ゼロレクイエムを迎えた。
ルルーシュがロロの前で、ナナリーに会いたいという感情を表に出すことはない。
けれど、本当は会いたくてたまらない筈だ。
彼女の為に、世界を変えようとした。それ程に愛した相手なら。多くの問題と立ち向かう彼女に、助けの手を差し伸べたいと思った時もあったはず。
たとえ、ナナリーを目の前にして誕生日祝うことが出来なかったとしても、ルルーシュは祝いたいだろう。
ロロは、ルルーシュに電話をかけた。
すると、呼び出し音が一回鳴り切る前に、
『ロロ、どうした? 遅いじゃないか』
ルルーシュがすぐに電話に出た。
ロロは、声をだそうとしたが、喉の奥が震え、なかなか言葉がでてこない。
『……ロロ?』
心配そうなルルーシュの声が胸の奥まで染み入るようで、ああ、やっぱり自分はルルーシュのことが本当に好きなんだな、と自覚する。
けれど、今日、その愛しい兄は、自分の存在を必要としているのだろうか?
いない方がいいと、本当に全く思っていないというのだろうか?
傍にいるのが、自分でなくて、ナナリーだったなら、と一瞬でも思わなかっただろうか?
「兄さん、僕、帰ってもいいのかな……?」
うまく声にならなかったその言葉は、
『ん?……ロロ、悪い、電話が遠いんだが?』
ルルーシュには、届いていなかった。
ロロはもう一度、大きな声で同じ言葉を言おうとして……やめた。
「ごめん! なんでもないよ。すぐに戻るから! 遅くなってごめんね」
ロロはすぐに気がついたのだ。
帰ってくるなと言われたところで、それでも、自分は結局、ルルーシュの元へと帰るのだろうと。
それならば、少しでも良い状態で帰りたい。
不要な言葉を兄に伝えて何かを失うのではなく。
*
すっかり暗くなってしまった。ロロはジェレミアとアーニャの力作であるオレンジ畑を突っ切っていく。昼にはエネルギーに満ち溢れたように見えた木々が、夜のこの時間になると、その後ろに獰猛な生き物を隠しているようにも見える。
耳にかけておいた携帯電話からは、何の警告音もしない。しかし、警戒を怠らずに、ロロは周囲の気配を探りながら、無駄のない動きで走る。
携帯電話は光りの出ない設定にしてあるし、懐中電灯の類は一切持っていない。このあたりは、何か作業でもしない限りは外灯もつけないから、月のない今宵は、まさに目を閉じても開けても同じとしか言いようがない闇がロロの周りに広がっていた。
けれど、隠し通路までのルートは、ロロの身体が覚えている。何も見えなくても、ロロの走るスピードが落ちることはなかった。
やがて隠し通路に入ると、若干の明かりがついたが、それでも薄暗かった。
ルルーシュが住んでいる区画は、地上の遙か下にある。
ロロは隠し通路を通った先で、エレベーターに乗ると、ようやく緊張から解放されて、大きく息を吐いた。
「どうしようかなぁ……」
ロロは買い物袋を抱えながら、壁によりかかる。どんな顔をして兄に会えばいいのだろう。
いつも通り、笑えるだろうか? ただいま! と言って。
はー、どうしよう、と何度も何度も、エレベーターの中で溜息をつくと、目的のフロアについた音がした。ロロは壁によりかかるのをやめて、ルルーシュがいる区画につくまで、なんとか気分を高めておこうと気合を入れる。
ゆっくりとエレベーターのドアが開くと、
「ロロ! 遅かったじゃないか!」
「!?」
目の前にルルーシュが立っていて、ロロは頭が真っ白になった。エレベーターのドア一枚挟んでいるとはいえ、これぐらいの距離に人がいれば、自分にはわかるはずだ。
勘が鈍った?
そんなバカな。
いや、それより……。
「兄さん駄目だよ! 一人でこんな所まで出てきたら!」
警備上の理由から、ルルーシュが一人で行動する範囲は決められている。今いる区画は、外よりは安全だが、それでも万全とはいえない。ルルーシュがいなければいけない場所は、ここから何重もの警備網が張り巡らされた先にある。
ロロは反射的に、ルルーシュをかばう様にしてその肩を掴んで引き寄せてから、周囲の気配を探った。
自分の感覚を全て使うが、自分とルルーシュ以外の気配は感じられない。
少し安堵してから、ロロはルルーシュを放した。
「ごめん、急に」
「いや」
「……でも、どうしてここまで出てきたの!? 危ないのわかってるよね!?」
自分達は“ゼロ・レクイエム”という偶像で、世界を騙した。
だが、“騙されていない”者達の数が、自分達の想像を超えていたらどうなるか?
V.V.からシャルルへ、そしてシャルルからルルーシュへとコードが引き継がれたこと。
そして、コードの引継ぎ完了の条件が、コードを引き継いだ状態で、人としての生を、一度終えることだということ。(だから、シャルルは銃弾を見に受け、C.C.は教会で血を流した)それを知る者が、いないとは言い切れない。
ルルーシュは“悪逆皇帝”として悪名が世に轟いている。そのルルーシュが生きていること。そしてその原因。知られるわけにはいかない。
ロロにしてみれば、コードを知られることで世界が云々……というよりは、ルルーシュの身の安全の方が大事だった。
幾らコードを引き継いだルルーシュが死ぬことはないとはいえ、捕らえられて拷問、果てはコードの為の実験に利用されるということも考えられる。ルルーシュをそんな目に遭わせるわけには、いかない。
「お前の帰りが遅いから、心配してたんだ」
ルルーシュが悪びれずにそう言うので、ロロはぷいと、ルルーシュに背を向けて、歩き出す。
おい、と後ろからルルーシュがついてくるのを感じながらもロロは歩き続ける。
これでもちゃんと、周囲の気配には注意を張り巡らせている。本当は、ルルーシュが視界に入った方がいいのだが、今はルルーシュを見ることができなかった。すぐにでも苛々をぶつけてしまいそうだったから。
「そんなに怒らなくてもいいだろう?」
ルルーシュがロロの横に並んで、顔を覗きこむようにして言う。
ロロはルルーシュの目を見ないようにして、その問いに答えなかった。
そう。
確かに自分が今こうも不機嫌になっているのは、ルルーシュがこの区画まで出てきたからということだけが原因ではない。どんな顔をすればいいのかとか、ナナリーのことなどを悶々と考えていた時に、心の準備も無いまま、不意打ちで兄と会ってしまったからだ。
いくつもの警備システムをルルーシュと共に抜けながら、ロロは悶々と考える。今日一日、ルルーシュはどんな風に過ごしたのだろうか、とか、昨日・一昨日、ロロがいなかった時はどうだったのかとか。
本当は長い通路でこうして一人で悶々として、なんとか自分の気持ちに折り合いをつけてから、居住区でルルーシュと顔を合わせるはずだったのだ。
それなのに今の自分の横では兄が歩いていて、自分が返事をしないので気まずい空気が流れている。
こんな筈じゃなかったのに。
どんな風に言葉を交わそうか、ちゃんと考えておこうと思っていたのに、こんな状況ではどう声をかけていいかわからない。
無言で静かな通路を二人で歩き続けていると、足音が一人分、急に聞こえなくなった。
「……兄さん?」
立ち止まったルルーシュの方をロロが振り返ると、
「ようやく、俺を見てくれたな」
「……っ」
してやったり、という風にルルーシュが口元に笑みを浮かべていた。
やられた、と思ったけれど、本当はルルーシュとそろそろ話がしたかったので、ロロはもうルルーシュに背を向けなかった。
「なぁ、ロロ。俺がずっと今まで何を考えていたか、わかるか?」
「……わからないよ」
ロロが答えると、ルルーシュは笑みを深くした。
「嬉しい、って思ってたんだ」
「……え?」
『嬉しい、って思ってたんだ』
ロロは、ルルーシュの口にした言葉を、頭の中で反芻する。しかし、その言葉が何を意味するのか、理解できなかった。
「……怒るなよ?」
「別に怒らないけど。……でも、兄さんが何を言いたいのかわからない。なんで、嬉しいなんて思ってたの?」
「ゲストハウスに住んでた頃は、お前はいつも俺に合わせてた。……生徒会にいる時だって、引っ込み思案の演技をしてただろう? 俺が記憶を取り戻した後だって、今思えば不自然だった。俺も演技してたし、お前だって、そうだった」
図星だった。
ルルーシュが記憶を取り戻す前は、任務の為に演技をしていたことが多かったし、ルルーシュが記憶を取り戻した後も、自分を曝け出していたわけではない。
「……だから、こんな風にお前と話せて、嬉しいんだよ」
「どうしたの、急に……」
ふっ……と、ルルーシュは笑って、
「早く帰ろう。……ここでいつまでも立ち話していないで、あとでゆっくり話そう」
「え……ちょっと待ってよ、兄さん!」
先程ロロがやったように、ロロに背を向けて、すたすたと歩きだしてしまう。待ってよ、と言いながら、ロロもその後を追う。
さっきの話の続きをしてよ、と何度も言うのだが、ルルーシュがはぐらかすので、そのうちロロは話の続きを聞くのを諦めてしまった。こうなってしまうと、ルルーシュが話そうと思わない限り、絶対に聞き出すことなど出来ない。
「兄さん、それ、何?」
ロロはずっと気になっていたことを訊いた。
エレベーターから降りた時、ルルーシュが手にA4サイズの真新しい黒の封筒を手にしていたのが見えていたのだが、成り行き上、今まで聞けなかったのだ。その封筒に、普通の文房具店では売っていないような紙が使われているということは、あまり封筒などに詳しくないロロにもわかった。
「……さぁ、なんだろうな?」
ルルーシュは、封筒をロロに見せるようにひらひらとさせてから、意地悪な顔をする。
ああ、駄目だ。これは教えてくれないつもりだ。と、ロロは再び諦める。
「ジェレミアとアーニャには、ちゃんと言ってあるからな」
「……え?」
ルルーシュが唐突に言ったので、ロロは顔を上げる。
「このまま放っておくと、『馬鹿な兄が危険な所まで、何の策も講じずに出てきた』って思われるからな。そんな所で評価を下げたくない。このルートは全部監視してあるし、俺が一人でいる時間は出来る限り短くはしたさ。ここまで来る時はジェレミアもいた。お前が着く少し前に、帰らせたが」
「そこまでして迎えにこなくててもいいのに」
「……お前を迎えるのは俺の役目だろ?」
多くの人間をくらりとさせるような完璧な流し目でルルーシュが言うので、
「格好つけすぎ」
ロロがはっきりと言った。
「おっと。前のお前なら、『格好いい……』ってぽーっとしてたのにな」
「今の僕の方がいいんじゃなかったの? 前の僕がいいなら、いつでもお戻りしますけど?」
「……リザインだ。お前に嫌われたくないからな」
「……いつかチェスでもリザインって言わせたいな」
そんな他愛のない話をしながら居住区へと入り、二人はリビングの扉の前へと辿り着く。
ロロがドアを開けようと手を伸ばした時、
「待ってくれ」
ルルーシュが、ロロの手を止めた。
「兄さん?」
ロロが訝しげに振り返ると、
「これを、先に渡しておきたいんだ」
ルルーシュは、手にしていた黒の封筒をロロに差し出した。
僕宛だったのか、と驚きながら、ロロは封筒を受け取る。今まで触れたこともないような感触の封筒に、一体どこからこんな封筒を手に入れたのかとロロは思った。
「……開けて、いい?」
頷くルルーシュを見てから、ロロが封筒を開けると、中に入っていたのは、立派な皮の表紙があしらわれた本だった。
(本? 本にしては薄いような……?)
ロロは手にした“本”を開く。
それは、ロロが想像していたような“本”ではなかった。
ロロが開いた紙面の上で、五線譜を背景に流麗な音符が舞っていた。おそらく、全て直筆なのだろう。
……そう、その“本”は、楽譜だった。
ロロは楽譜を開く時に飛ばしてしまった一ページ目に戻り、そこに書かれていた曲のタイトルを見て、
「兄さん、これ…っ…!」
思わず、目を見開いたまま、大きな声を上げた。
ルルーシュは、ロロが最後まで言う前に、ロロの手を引いてリビングの扉を開いた。
「!?」
ロロがリビングの様変わりぶりに驚いた瞬間、
「……おめでとうございますっ!!」
「……おめでとう……」
ぱぁん、と二つのクラッカーがロロに向かって、放たれた。
ひらひらと舞ってくる紙片を頭に浴びながら、ロロはソファの陰から躍り出てきたジェレミアとアーニャを思わず凝視してしまう。何故、自分が祝われているのか、わからなかった。
だって、今日は、ナナリーの……と思っていると、
「……おいおい、驚きすぎだぞロロ。俺達が何もしないって思ってたのか?」
ルルーシュに肩を叩かれて、ロロはルルーシュを見上げる。
自分がどんな表情をしていたかはわからないけれど、余程戸惑うような顔をしていたのだろう。
「……そんなに戸惑われるとは思わなかった」
“だって、ナナリーの誕生日を祝いたかったんじゃないの?” と喉元まで出かけたけれど、今、それを口にしてはいけないのだろう、とロロはその言葉を飲み込んだ。
本来、ロロには誕生日が無い。自分の生まれた日がいつなのか、分かる術はこの世に存在していないのだ。生まれて初めて祝ってもらったのは、ナナリーの誕生日をそのままスライドさせた10月25日のことだった。
あの時は、自分がナナリーと入れ替わっていたから、祝ってもらえた。
それはとても嬉しかったし、あの時は「誕生日をもらえた」と喜んでいた。
けれど、今、自分は誰の代替物でもなく、そして今でも本当の誕生日はわからない。また10月25日に祝ってもらえるとは思っていなかった。
「今、お前が何を考えてるか、わかるよ。……お前の誕生日、今日じゃないって言いたいんだろう?」
当たらずも遠からずだ。
「僕、いつ生まれたか、わからないから……」
そこまで、言ってから、ロロはルルーシュが過去に言っていた言葉を思い出す。
『俺は、誕生日は、誕生を祝うものではないと思うんだ』
『……じゃあ、なんなの?』
『生まれてきてくれたことに、感謝する日だ』
『何か、違いがあるのかな。祝うのと、感謝するのと』
『……お前にもいつか、きっと、わかるよ』
―― いいんだ、いつでも。兄さんが、今日、僕の誕生日会をやりたいと思ったなら、それで。
「……あれ、僕、何言ってたんだろう? 今日、誕生日だったよね!」
ロロがウインクしながら言うと、ルルーシュは一瞬きょとんとしてから、
「ああ、そうだな。何言ってたんだろうな」
ロロに合わせてくれた。
「びっくりしたよ。部屋が、全然違うから……」
せっかく盛り上げてくれようとしているのに、主役が盛り下げるわけにはいかない。ロロは間髪いれず、話題を変えながら、リビングを見渡した。部屋中に飾りつけがされていて、テーブルの上には、水を張ったガラスの器に花が浮かべてあった。
そして、リビングの変化で一番目を引くのは、大きなグランドピアノだった。
こんなもの、何処にもなかった筈だ。
「すぐに準備を致しますから、ロロ様はここにお座りください。ほら、行くぞ。アーニャ」
ロロがジェレミアに言われた通りに椅子に座ると、おそらく二人きりになれるように気を効かせてくれいるのだろう、ジェレミアはアーニャを引っ張って出て行った。
二人がいなくなると、ルルーシュが口を開いた。
「悪かったな、ここのところずっと追い出してて。……練習してたんだ。ピアノは今日まで隠して、な」
「……この曲、兄さんが作ったの?」
ロロは、先程受け取った楽譜を持ち上げながら、訊いた。
「そうだ。だから隙があればいつもお前を見てた。曲のイメージを作る為に、お前の仕草とか……ずっと見てたんだ」
ロロはルルーシュが自分をじっと見ていた日のことを思い出す。あの時からずっと、ルルーシュは曲を作っていたのだろう。
ロロは楽譜を開く。
一頁目を飾るのは、美しい文字で書かれた、その曲に与えられた名前。
“Rolo”
それが、曲の名前だった。
「……ありがとう」
「それは、曲を聴いてから言って欲しいな」
言いながら、ルルーシュはピアノの前に置かれた椅子に座る。
「最後のページを開くと、いいことがあるかもしれないぞ」
……え? と訊こうとしたが、鍵盤に手をやるルルーシュの纏う空気が変わったのを感じて、ロロは何も口に出さなかった。この時間の為に、ルルーシュはずっと練習してくれていたのだ。今のルルーシュは、ピアノを弾くことに全神経を集中している。声などかけられるわけが、なかった。
ルルーシュが数回深呼吸をしたあと、曲が始まった。
優しいメロディーから始まるピアノの音を聞きながら、ロロは“いいことがあるかもしれない”という楽譜の最後のページを開く。
そこには、五線譜がなかった。
代わりに書いてあったのは、ルルーシュからロロへの、メッセージだった。
『お前を目の前にして、言葉に出来るかどうか自信がないから、こうして書いておく。書いたからといって、俺の想いが伝わるかどうか自信がないが、それでも、伝えておきたいんだ。
いつか言ったと思うが、俺は今でも、誕生日は“生まれてきてくれたこと、そして一緒にいられることに感謝する日” だと思っている。
それは感謝される側ではなくて、きっと感謝する側に必要な日なんだ。
生まれてきてくれたこと。そして生まれて来てくれたその人に出会えたことが、どれだけ奇跡的なことなのか、思い出す為に。出会えた奇跡の輝きが、日常の中に埋もれていかないように。
そして、これからも、相手を大切にしていけるように。
俺は、お前に出会えたこと、そして今こうして一緒に生きていられることに感謝しているよ。
お前が俺の命を助けてくれた時、あの時お前を失うかと思ったけれど、お前は帰ってきてくれた。生き残ってくれた。
“失ってから、大切だったことに気づいた”と言わずに済んだ。
もし、あの時お前を失っていたら、お前のことを知らないままになっていた。
一人で放っておいて料理を作らせると、見た目も味も豪快なものを作るところとか、
実はキレやすいこととか、
俺が反撃できないぐらいの毒舌家な時があることとか。
本当に、お互いに騙しあっていた時には信じられないぐらい、喧嘩をしたよな。ここに住むようになってから。
でも、俺は、嬉しいんだよ。お前とぶつかり合えることが。
毎日、新しいお前を知ることが。
お前が生きていてくれて、本当に、よかった。
“よかった”以外に言葉が書ければいいんだが、今の俺にはこれ以上のことは書けない。語彙不足だな。もっと勉強しておくよ。
そして、もう一つ。
あの時、お前を失っていたら、気がつかなかったと思うことががある。
お前が、どれだけ俺のことを大切に思ってくれているか。
俺はすぐに忘れてしまうんだ。
自分が愛することに精一杯で、相手が自分を愛してくれているということを。
そして、多分、お前もそうなんだと思う。
似て欲しくない所で似てるんだよ、俺たちは。
愛しているからこそ、相手が視界に映らなくなってしまうところが。
今俺はこうして、落ち着いてペンを握っているからこんなことが書けるが、また、お前が視界に映らなくなる時もあるかもしれない。
その時は、この頁を俺に見せてくれないか。
そうしたら、俺はまた、お前の姿をしっかりと瞳に焼き付けるから。
もし、お前が、俺のことで何か不安になったら、その時もこの頁を見て欲しい。
“愛しているよ、ロロ。
生まれてきてくれて、ありがとう”
生まれてきてくれて、ありがとう”
―― October, 25』
ロロはメッセージを読み終えると、目を閉じて、ルルーシュの弾くピアノの音に身を任せるようにして、背もたれに身体を預けた。
“俺はすぐに忘れてしまうんだ。自分が愛することに精一杯で、
相手が自分を愛してくれているということを。
そして、多分、お前もそうなんだと思う。
似て欲しくない所で似てるんだよ、俺たちは。
愛しているからこそ、相手が視界に映らなくなってしまうところが”
(そうだね。その通りだね……)
ピアノの音は優しいながらも力強い曲調へと変わっていく。これから未来へとしっかり進んでいく決意を示すような、そんな曲調へと。
自分も、忘れていたのかもしれない。
出会えたことは、キセキ。
今、こうしていられることも、キセキ。
そんなキセキ達の輝きを。
そして、ルルーシュがどれだけ自分を大切に思っていてくれているのかを。
“愛することに精一杯”で、“相手が視界に入らなくなってしまう”から。
少し注意して、目を凝らせば見えるはずのものが、自分達にはすぐに見えなくなってしまう。
だから、不安になって、違う方向に走ろうとするのだ。
“自分は帰ってもいいのだろうか”という不安に駆られて。
けれど、そんなことを心配する必要なんてないのだと、ルルーシュの綺麗な指先が奏でるピアノの音を聴いて、思う。
じぃ、とロロを見つめ、ロロがいなくなると、一生懸命作曲をしているルルーシュの姿が目蓋の裏に浮かぶ。上手く作曲が進まなくて、楽譜を破って捨てた日だって、あっただろう。曲を作り終わってからもきっと、どんな風に弾こうかとピアノにずっと向かっていたのだろう。弾いている内に、イメージが違うと、また曲を書き直したりしたこともあったかもしれない。
ロロに渡す楽譜のデザイン、そして楽譜を入れる封筒だって、きっと頭をフル回転して考えてくれたのだろう。渡された楽譜に書かれた音符は全て直筆だから、全神経を使って、少しでも美しく見えるように書いてくれたのだと思う。
……この人の、何を疑えばいい??
やがて、曲が終わって、沈黙が部屋を支配した。
ルルーシュは、ロロの方を振り向くタイミングを決めかねているようだった。ロロは、そんなルルーシュを待つ。
「……どう、だった?」
いつもは何もかも完璧にこなそうとするルルーシュが、途切れがちに言いながら、ロロの方を振り向く。ルルーシュの不安そうな表情に驚きながら、ロロは、はっとして立ち上がった。楽譜をめくり、最後のページを開いて、何も言わずに、メッセージの一節をルルーシュに示して見せた。
“今俺はこうして、落ち着いてペンを握っているからこんなことが書けるが、また、お前が視界に映らなくなる時もあるかもしれない。
その時は、この頁を俺に見せてくれないか。
そうしたら、俺はまた、お前の姿をしっかりと瞳に焼き付けるから。”
ルルーシュは小さく、「そうだな」と言ってからロロを見上げた。
きっとルルーシュには、しっかり見えているだろう。
ロロが微笑を浮かべているのが。
そしてその微笑の中に、ルルーシュの作ってくれた曲を、ロロがどう思っているのかを読み取ってくれるだろう。
「……ありがとう」
今は、それしか言えない。“気に入った”とか“良かった”とかそんな言葉はどれも、自分の気持ちをちっとも代弁してくれなくて、それ以外の候補も、全然、駄目だった。
ルルーシュが安堵したように、息を吐いた。
「ロロ」
愛しむように、甘い声で名を呼ばれて、頭の中が蕩けそうになりながらも、ロロはなんとか返事をする。
「何、兄さん?」
「……生まれてきてくれて、ありがとう」
大好キ。
<終>
BGM
Future / 作曲:dai (←ルルーシュが弾いてる曲のイメージはここからです)
明日の夢 / vocal:佐倉かなえ
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現在のお礼SS:ロロルルロロ一本。
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