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  ビー玉。



 それは、ビー玉というらしい。

 色とりどりのビー玉がガラス瓶いっぱいに詰められ、雑貨店の明かりに照らされて、きらきらと光っていた。
 これから夕方を迎えようとしている曇りの寒空の下、ガラス板一枚隔てた向こうにあるカラフルなそれは別世界のもののようで、道を歩いていたロロは思わずショーウィンドの前で足を止めた。
 年端も行かない自分の姿が、ショーウィンドに薄く映る。モノクロの背景ではいケープと帽子は不気味な色にしか見えない。
 普通なら、あれがほしいこれがほしいと玩具売り場で親を困らせるような、そんな歳だったけれど、玩具が欲しいなんてロロは一度も思ったことはなかった。しかし、この時ばかりは、ロロの目は様々な色を放つまぁるいガラス玉に吸い込まれていた。
 ピンク黄色、透明、エメラルド深緑クリーム色、それから……。
 指の本数で数えたら両手では足りない程沢山の色があったのだけれど、ロロには、それらの色の名前がわからなかった。

「……きれい」

 ほしい、と思ったけれど、ロロはふと気付いて空を見た。
 見上げる空からは段々と光が失われていく。
 もし、ビー玉が入った瓶を店の外へと持ち出したら、今のように輝いてはくれないだろう。光に溢れたショーウィンドというふさわしい場所に在るからこそ、こんなにも魅力的なのだから。
 自分のいる世界にあるべきものでは、ないのだ。
 それに、ビー玉の沢山入った瓶なんて、絶対に他の連中に見つかる。そしたら何を言われるか。
 ロロの睫毛が、下を向く。

 でも。

 あのビー玉一つ位なら、買って帰ってもいいのではないだろうか。一つぐらいなら隠せる。V.V.だってそれぐらいならいちいち何か言ってはこないだろう。V.V.の関心は、ロロがこれから赴く任務の結果だけなのだから。
 いつもと同じだ。
 殺して、帰って、報告。終わり。以上。
 お金なら持っている。水色のビー玉を一つ、それぐらい………。
 ロロが意を決して雑貨店に入ろうとショーウィンドウから目を離した時、自分と同じぐらいの子どもが、両親と共に店に入っていくのが見えた。
 子どもは、陳列された数々の雑貨を、目を懸命に動かしながら、表情をころころと変えていく。雑貨店の暖かい明かりに照らされながら。
 ロロは再びショーウィンドウを見た。自分が映るのは、分厚い雲の下にあるモノクロの世界。
 ああ、やっぱり駄目だ。わかってたじゃないか。僕の世界に、あのビー玉を連れてきたら、違うものになってしまうって。モノクロと。縁など存在せず、ただ任務だけがある自分の世界では。

「……じゃあね」

 ロロはショーウィンドウに向かって言って小さく手を振ると、その場をとぼとぼと去って行った。

   *

 ビー玉なんて一個も買わないまま、年月は過ぎていった。
 そのうち、ビー玉を欲しいと思ったことすら忘れてしまった。

   *

「……ロロ?」
 
 ぼぅ、としていたら、突然ルルーシュに声をかけられて、ロロは驚いた。
 何をやっているのだろう。暗殺者が対象の気配に気づかないなんて。
 ルルーシュと生活し始めて数日なのだから、ルルーシュのことをもっとよく観察して、二人の生活に馴染むようにしなければいけないのに。

「……これ、見てたのか?」

 ロロの動揺など知るわけもなく、そう言ってルルーシュは、ロロの前にあったものを手に取った。
 それは、ビー玉が詰められた瓶だった。
 ロロとルルーシュがいる雑貨店には、他にもガラス細工や、きらびやかなアクセサリーが置いてある。それでも、色鮮やかなビー玉の入った瓶は、何故かロロの目を引いた。

「……うん、綺麗だな、と思って」
「気に入ったなら、買おうか?」

 ルルーシュが瓶を持った手を顔の辺りまで上げて、微笑みながら言う。
 うん、とロロは返そうとしたが、少し考えて首を横に振った。

「大丈夫。……見てただけから」

 僕が持ってても仕方ないよ。とは、その時は言わなかった。

  *

 やっぱりビー玉が欲しいな、と思ったのが、何があった後のコトだったのかは覚えていない。
 覚えているのは、雑貨屋に走って行って、瓶を一つと、バラで売っていた空色のビー玉を一つ、買ったことだ。
 ビー玉を瓶に入れて自室の窓辺に置いておくと、昼の光を浴びて、空と同じ色をベッドに座るロロに送ってくれた。
 なんだ、やっぱり欲しかったんじゃないか、言ってくれれば俺が買ったのに、と部屋に入りながら言ってきたルルーシュには、うん、後で欲しくなっちゃったんだ、とロロは笑って返した。

「どうせなら、セットになっているやつを買えば良かったのに」

 そしたら、もっと沢山瓶に入れられただろう? ビー玉一つだけじゃなくてさ、とルルーシュが言った。

「それは、これから買うんだよ」

 ロロが言うと、ルルーシュはそうか、と言ってロロの隣に座って、ロロの肩を抱いた。何をするわけでもなく、何を喋るわけでもなくそうしていながら、ロロは思った。

 ああ。違う色の、ビー玉が欲しいな。

  *

 ルルーシュに、勉強を教えてもらった時。
 ――エメラルドグリーンの、ビー玉が欲しいな。

 ルルーシュと、一緒に料理をした時。
 ――クリーム色のビー玉が欲しいな。

 ロロの乗る馬を、ルルーシュにリードして貰ったとき。
 ――モスグリーンの、ビー玉が欲しいな。

 ルルーシュと、シーツを使って遊んだ時。
 ――ローズピンクのビー玉が欲しいな。

  *
 
 日を重ねるごとに、ビー玉の数は増えていって、やがて瓶いっぱいになった。今日も窓辺で、瓶に詰めたビー玉達は陽光を浴びてそれぞれの色を放っている。ビー玉の数だけ、色の数があった。かつて小さなロロがショーウィンドウ越しに見た、ビー玉達の様に。しかし、部屋の中からそれらの光を見ているロロが、幼い日のことを思い出すことはなかった。

「いっぱいになったな。……次の瓶を買いに行こうか?」

 ルルーシュの問いに、ロロは満面の笑みを浮かべて答えた。

「やめとく。……多分、すぐに瓶が一杯になって、部屋が瓶だらけになっちゃうから」



 終わり。
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効能:管理人のMP回復。感想一言頂けるととても喜びます。
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