忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




 「何か」の為に、
 「誰か」の為に、
 進むしかなかった。


青年編 (1)



 ありふれた話ではあった。
 その屋敷に立てかけられた肖像画に描かれた少女の目が動くとか、誰も触れていない筈のピアノが勝手に音を奏でるだとか。
 その屋敷に住んだ者はロクな死に方をしないだとか、冷やかしに泊まりに行った者が呪いとしか思えないような奇病にかかっただとか。あまりに不気味だからと取り壊そうとしたら、大事故が起こっただとか。

 よくある話ではあるし、当事者でなければそんな話は笑い飛ばしてしまえるのだけれど、早急に土地と屋敷を売って金にしてしまいたい人間にとっては、笑うどころか冷や汗ものの話だった。噂に流れている悲惨な事件・事故のいくつかは本当のもので、つい最近まで警察が出入りしていことは、相当の人間が知っていたからだ。
 貸金の担保としてその土地と屋敷に抵当権を設定したのは良かったものの、ホラーな事件が続いたせいで、競売前には、その土地と屋敷の評価額がガタ落ちしていた。血みどろの過去がまとわりついたその屋敷は、深い森の奥にある。交通の便も悪い上に、おぞましい死があったとなれば、当然のことではあった。
 ただでさえ、ドッペルゲンガーに襲われるなんていう噂も流れていたというのに。
 昔は、クローン=禁止なんて時代もあったらしいが、今は手続きを踏んで資格さえ得れば(その資格を取るのが難しいのだが)、極めて安全に確実にセルフクローニングだって出来る御時世だ。そんな科学万歳な時代でも、未だに、人ならざるものの陰は、人の恐怖を引きずり出してしまう。
 それでも、早く金に代えてしまいたかったので、屋敷の抵当権を持つその女性は、ホラー屋敷と土地を急いで競売にかけた。自分としても、縁起の悪すぎるものにいつまでも関わってはいたくなかったのだ。

 さて。
 そうやって、競売が開始されたわけだが。
 意外にも競売に人は集まっていた。由緒ある様式で建てられ、しかも保存状態のよい洋館となれば、ホラーな噂がたっていても欲する人間はいたのである。ただし勿論、購入する時はそれ相応の値段で、ではあるが。
 どれほど安い価格になってしまうのだろうと(本来なら高値な屋敷だというのに!)、競売会場の隅で抵当権者の女性が震えていたところ、彼女の心配は杞憂に終わった。
 競売の司会を務める男性が、競売開始の値段を告げた瞬間、一人の青年が立ち上がって、競売開始値段を三倍してからゼロを二つ付け加えた値を口にしたのである。

 会場中の視線が、青年へと集まった。

 すらりと背の高い青年の紫色の瞳は真っ直ぐに司会者を見据え、冗談を言っているような様子は全くなかった。
 静まり返った競売会場で、

「よろしいのですか」
 
 と、この道数十年の司会者が、身を乗り出して尋ねる。青年は男性を見上げたまま、何も言わずに頷いた。
 司会の男性はこれ以上の値をつける者などいないとわかっていながら、「他の方!!」と慌てて値段も言わずに声を裏返らせ、会場を見回した。

「いませんか! 他の方! 他の方!」

 手を上げる者など、いるわけがなかった。
 
 競売は開始二分で、ありえない値段がついて終わったのである。

 更に青年は、契約の際、競売会場を一瞬にして黙らせた金額を、現金一括で払って関係者を再び驚かせた。青年は見ようによっては未成年にも見えるのだが、青年の持つ空気は、それを口にすることすら許さなかった。

 こうして、青年は、いわくつきの屋敷と建物を手に入れたのである。

   *

 青年は帰りのタクシーの中で、外をぼんやりと眺めながら、競売のことを思い出していた。
 かつての青年であったら、競売の駆け引きを楽しんだかもしれない。
 じりじりと上がっていく金額、頭をよぎって行く相当の評価額。そして、自分の利用目的、ライバル達の利用目的……。そんなものを総合して、如何に、競売で「勝つ」か。ぎりぎりの判断を、ゲームを興じるように。
 しかし、今回は青年にそんな気力はなかった。
 青年は、ホラー屋敷とその土地を手っ取り早く手に入れさえすれば、それで良かったのだ。そうするにはどうすれば良いか? 最初に周りを黙らせるほどの値を口にすればいい。ただそれだけの為に、青年は前代未聞の金額を提示した。青年の金は放っておいても増えるのに使われることがないから、有り余っていたのである。
 屋敷と土地の支払いは済んだが、引渡しまでは少し時間がかかる。
 
 早く、ホラー屋敷で夜を過ごして見たいものだ、と、青年は窓に映る自分の顔を一瞥してから、目を細めた。



青年編(2)へ
戻る
PR
癒し系ボタン
現在のお礼SS:ロロルルロロ一本。
効能:管理人のMP回復。感想一言頂けるととても喜びます。
忍者ブログ [PR]