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大切な約束は、いつまで経っても果たされない。
その絶望が、身体を、魂を、蝕ばんでいく。
何故求めているのか、それすらもわからずに、ただ、「何か」と「誰か」を求め続ける。
骨の軋む痛みの叫びが闇の中には映し出すのは、果たして悪夢か安らぎか。
青年編(3)
青年の眠りはとても浅かった。
深い眠りの底へと落ちるのはほんの一瞬。
そのとても短い短い時間の間、青年は眠りの一番深い場所で、必ず同じ言葉を、同じ声で聞いていたのだけれど、青年は目を覚ますと、その声も、言葉も忘れていた。
夢の底で、
「兄さん」
その大切な言葉は、
その甘やかな声は、
ずっと置き去りにされ続けていた。
その声を、言葉を聞いた瞬間、素直に嬉しいと思った、その気持ちと一緒に。
*
目を覚ますと、青年は客間のソファーで横になっていた。
視線を感じて窓の外を見やれば、昼の光を浴びた小鳥が窓辺に止まっているのがガラス越しに見える。小鳥が物欲しそうに青年を見ているので、
「餌はやらないぞ」
と、青年は頭に鈍い痛みを覚えながら、大儀そうに伸びをして言う。壁にかかる時計を見れば、短針は思った通りの数字を指していた。
辺りを見回せば、昨日やって来たばかりのよそ者に、家具たちがそっぽを向けているようだった。昨夜は暖かく出迎えてくれた気がしたのに……と、疎外感を覚えながらも、青年は立ち上がり、客間を出る。
静まり返ったロビーに立って、昨日と同じように階段を見上げたけれど、そこには誰もいなかった。
瞳を閉じてみても、誰の気配も感じない。
だが、昨夜、青年は確かに、屋敷の主人――“彼”と会ったのだ。
“彼”と出会ってから自分が何をしたのか、どうして客間で寝ていたのかまでは覚えていないが、“彼”は、確かに存在した筈なのだ。
「……夜にならないと、会えないのか?」
一人でそう口にしても、誰も答えるわけがない。
……このまま起きていても何も起きない。
夜にならなければ、屋敷の主人は現れない。
それなら。
「……夜まで寝るか……」
そう言って、青年は再び客間へと戻った。
“彼”に会えないなら、起きていても仕方がない。
客間の窓の外側にはまだ小鳥が止まってこちらを見ているので、青年は その視線を遮断する為にカーテンを下ろした。
チュンチュン、と気持ちよさそうに小鳥の鳴く声は、外を出歩くのにいい日和だということを教えてはいたが、青年にとっては“彼”と再び会うことだけが、何よりもの優先事項だった。
どうせ、眠りが浅くて起きているのか寝ているのか分からないような毎日なのだ。夜まで眠り続けたところでいつもと変わりはしないだろう。
*
ズット、待チ望ンデイタ。
「何カ」ガ起キルノヲ。
「誰カ」ト出会エルノヲ。
*
頭の痛みで青年が目を覚ますと、周りに横たわっていたのは暗闇だった。
顔を顰めながら頭に手を当てていると、それをあざ笑うかのように、ロビーから日付変更を知らせる柱時計が低い音を響かせて、青年の頭を揺さぶる。
青年は呻きながら、何も見えない暗闇の中、手探りで扉を開けた。
ロビーを照らす十六夜の月の光すら眩しく感じながら、青年は昨夜“彼”が立っていた場所を見上げるが、そこに“彼”はいなかった。
「……何処だ?」
青年は階段を見上げながら言う。
その問いに答えるのは静かな月明かりだけで、他に返答者はいない。
青年はふと、懐中電灯を持っていないことに気づいたが、この月明かりなら問題ないだろうと判断して、階段を見上げ続ける。
「姿を見せてくれ。お前に会う為に、この屋敷を買ったんだ」
ずっと、待ち望んでいた。「何か」が起きるのを。「誰か」と出会えるのを。
その為だけに、この屋敷を手に入れたのだ。
昨夜ようやく会えたのに、もう会えないなんてことは、ありえない筈だ!
「姿を見せてくれ。……頼む」
青年が懇願するように言うと、
『姿ガナイノニ、ドウヤッテ見セレバイイノ?』
昨夜と同じ、音のない言葉が、青年の頭の中に流れ込んできた。声は分からない。けれど、青年を嘲笑うかのような響きがあった。しかし青年はそれに笑みを浮かべた。
確かに、“彼”の姿は見えないが、たった今、階段の上に“彼”が「現れた」のがわかったからだ。姿が見えなくても分かる。青年より若干低い身長に、華奢な体躯。そんな“彼”の輪郭だけが、青年には分かった。
会えた。よかった。また、会えた。
「姿が見えなくても、お前がそこにいるのはわかるさ」
青年は、優しい微笑を浮かべた。
『ソウナンダ』
“彼”の無関心な感情が流れ込んでくる。“彼”がいなくなってしまうのではないかと、青年は内心焦りながら、だがそれを表情に出さないように自制する。
「お前と一緒にいられるなら、なんでもする。……何をすればいい?」
いなくならないでくれ、と本当は叫びだしたかった。だが、青年はあくまで平静を装って、訊ねる。
『ドウシテ、ソンナニ、僕ト一緒ニイタイト思ウノ?』
「俺は、お前に会う為に生きてきたからだ」
青年は“彼”の問いに即答した。
そう。ずっと待ち望んでいたからだ。「何か」が起きるのを。「誰か」と出会えるのを。その為に、今まで生きてきたのだ。
“彼”は、青年の答えにしばらくは何も言葉を返さなかった。
その沈黙に、青年の心臓が身を震わせる。
―― 頼むから、何でもするから、だから、一人にしないでくれ。
長い間緊張状態を強いられた青年に、やがて、“彼”は条件を提示した。
『僕ト一緒ニイタイナラ、夜ノ住人ニナッテミセテ』
それだけを告げると、“彼”はいなくなってしまった。
*
ズット、待チ望ンデイタ。
「何カ」ガ起キルノヲ。
「誰カ」ト出会エルノヲ。
ソシテ
*
いなくなってしまった“彼”を青年は狂ったように探し続けたけれど、“彼”は見つからなかった。
だから、青年は“彼”に言われた通りに、した。とにかく、なんとしてでも、一日も早く“彼”に会いたかったのだ。
青年は、昼に眠り、夜に起きた。
昼間に小鳥が窓をつついたり鳴いたりするので、何度かただでさえ浅い睡眠を妨害されたけれど、青年は夜の住人になる為に、昼は眠り、夜に起きる日々をひたすら繰り返した。
そうやって、青年は“彼”が再び姿を見せてくれる日を待ち続けた。乾ききって焼け爛れてしまった喉の痛みに耐えながら、水を求めるように。
*
止マッテイル時間ガアルノナラ、約束ヲ果タス方法ヲ、探セバイイ。
分カッテイル。
分カッテイル。
分カッテイルンダ。
ケレド、モウ、前ニ、進メナカッタ。
*
会いたい、会いたい、会いたい……と思い続けて。
日に当たる事を止め続けた青年の肌が、月の光と同色になった頃。
月明かりに照らされながら、長い間形を変えることのなかった青年の唇が、微笑みの弧を描いていた。
満月に照らされたロビーの中央で、青年は目の前にいる“彼”を見つめていた。何も見えないのだけれど、“彼”がそこにいることは確かにわかる。
“彼”の頬に触れようと手を伸ばすと、指先に何も感じなくても、そこにいる“彼”に触れているのがわかった。
「……ずっと、待ってたんだ」
―― 会いたかった。本当に会いたかったんだ。
涙は流せなかったけれど、あまりの嬉しさに涙を流したい気持ちになりながら、青年はやまない頭痛の中、懸命に微笑んだ。
*
ズット、待チ望ンデイタ。
何故、コンナニモ望ンデイルノカ、知リモセズニ、
*
そしてまた、太陽が昇るとともに眠り、夜の闇で起きる日が、続いた。
目を覚ませば必ず“彼”の姿を探すのだけれど、暗闇の中で“彼”の姿を見つけられるとは限らなかった。
夜の中でたった一人、“彼”を待ち続け、朝になってしまう日の方がむしろ多かった。“彼”は猫のように気まぐれなのだ。
―― 一緒にいたかったから、夜の住人になったというのに。
「会いたいんだよ……」
涙の流し方を忘れた青年が、声を震わせて言った。
しかし一人で過ごす夜の数がどんなに増えても、一筋も涙は流れないのだった。
昼に一度起きてしまうと、今日もまた、小鳥が窓の外で鳴いていた。
*
タダ、会エレバイイ。
ソレダケナノニ、何故コウモ会エナイ日々ニ苦シマナケレバイケナイ?
ソノ答エハ、本当ハモウ、知ッテイル筈ナノダ。
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