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今まで、何を食べてきたのか忘れていたとしても、
生きている限り、食べなかったことにはならない。
青年編(4)
また、“彼”と会えない日が続いた。
太陽の光がある時は眠り、夜に起きる。その生活を青年は続けていたが、やはり昼になると、毎日やってくる小鳥の鳴き声で一度、目が覚めてしまう。
この日も、チュンチュン、といういつもの声で、青年は目を覚ました。
すでに恒例行事と成り果てた頭痛に悩まされながらも、青年は立ち上がる。窓辺に歩み寄って、しばらくは忌々しげに小鳥を見おろしていたが、やがて頭痛が治まってくると、小鳥を見る瞳は優しげに細められた。
「お前だけだよ、俺に毎日会いに来てくれるのは」
ぽつりと思わず、本音を言ってしまう。
会いたい、会いたい、と毎日のように渇望するのは、あまりにも苦しい。日々魂を切り刻まれるほどの想いをしているというのに、“彼”はほんの少ししか、青年の心に答えてはくれないのだ。
小鳥は鳴きながら、つぶらな目でじぃ、と窓越しに青年を見上げてくる。
「……何か、食べたいのか? 少し待ってろ」
青年は厨房に行き小さなパンを手にとると、すぐに客間へと戻った。
窓を開けてやると、小鳥はすぐに隙間から体を入れてきて、羽を広げて青年の肩に飛び乗った。
よく人に慣れている。
何処かで飼われていたことがあるのかもしれない。
「お前も、迷子なのか?」
小鳥の小さな頭に人差し指で触れてみるが、小鳥は嫌がるそぶりを全く見せなかった。青年がパンを手で細かくしてから両手に広げると、小鳥は青年の手に着地して、食事を始めた。
「……何も食べてなかったのか……?」
小鳥がその小さな体に似合わず凄まじい勢いでパン屑をむさぼるので、青年は半ば感心して言った。今、生気の欠片もない青年にとって、小鳥の食べっぷりは、生き物のみずみずしい生命力を見せ付けられているようだった。
「……ん?」
青年は何かを思い出しそうになり……、
結局、何も思い出さなかった。
小鳥はパン屑を全て平らげてしまうと、そそくさと窓から出て、飛び去っていった。
「……全く、薄情な奴だな」
手についたパン屑をゴミ箱の上で払いながら、青年は呆れ顔で言った。
しかし、
「明日も、来るんだぞ」
ぽつりと、呟いた。
そして、その夜も、やはり“彼”は現れなかった。
*
そして、ある日。
この日の昼もまた、小鳥が来て、青年の手からパン屑をひたすら食べた後、窓から飛び去って行った。
パンの匂いが染みついた手を見ながら、
「たまには、料理でもするか」
青年は呟いた。
小鳥の食べっぷりを見ていたら、何か食べたくなってきたのだ。最近まともなものを食べていない。それでも別に死にはしないだろうが、ここのところ精神的に疲れているし、料理をするのもいい気分転換になるかもしれない。
コックを何人雇っていたのだろうと考えてしまうような厨房に移動してから、青年は使う食器を丁寧に洗い始めた。使わないままずっと放置していたから、決して綺麗とは言えない状態になっていたからだ。
鍋に水を張り、コンロの上に乗せる。まだ火はつけずに、青年はシンクで食材を洗い始めた。静かな厨房に、ざぁっ、という流水音が響く。
ととととと……、と、材料をリズミカルに切る音をさせてから、青年はまな板を持ち上げて――、そのまま、
「ほあぁっっ!?」
硬直した。いつの間にか鍋に入っていた小鳥と目があったのだ。
青年は呆然としながら、まな板を置く。
頭が真っ白になる中、チュン、という小鳥の鳴く声で我に返って、
「馬鹿かお前はっ! ゆでられたいのか!」
鍋の中で悠々としている小鳥に怒鳴った。
気づかずに蓋をして火をつけていたらと思うとぞっとする。
小鳥は青年の声など意に介さず、水を楽しんでいるようだった。
「全く、いつの間に入ったんだ」
青年は切ってしまった材料を見てから、鍋(小鳥入り)を見る。
小鳥には、しばらく鍋からどく気はなさそうだった。
「もういい。好きなだけ入ってろ」
青年が言うと、小鳥は青年の言葉とは逆に、水から上がって、鍋の取っ手の部分に止まった。
「入ってていいと言……」
小鳥が突然姿勢を低くして、青年は激しく嫌な予感がした。そう思うなら離れるなり何かすればよかったのだが、青年は反応しきれなかった。
「ほぁぁっ!?」
取っ手に止まったまま大きく羽ばたいた小鳥の羽から飛んできた大量の水滴を顔面に浴びながら、青年は本日の2度目の素っ頓狂な声をあげた。
そしてまた、ある日。
「……そこはお前の巣じゃないんだぞ」
青年はソファに座ったまま、低い声で言った。
青年の頭の上では、いつもやってくる小鳥が羽を休めている。パン屑を毎日与え続けた結果がこれだった。最初は餌を食べたらすぐに去っていたのに、最近ではこうして居座っているのだ。青年が眠るまでは何処にもいかず、夜に青年が目を覚ますといなくっている。
青年が咎めても、小鳥は頭の上から全く動かずにくつろいでいた。
「ほら」
青年が人差し指を横に伸ばすと、小鳥は心得たとばかりに、青年の指に止まった。
「お前に好かれてもな……」
青年は、夜の闇を思い浮かべる。毎夜毎夜、“彼”の姿を探しているというのに、“彼”は姿を見せない。相変わらず、青年の元を訪れるのは、この小鳥だけだった。
どうして、会いに来てくれないんだ。
そう思うと同時に、日を追うごとに、ある疑問が青年の中で頭をもたげてきた。
どうして、俺は、“彼”に会いたいと思うのだろう、と。
そう疑問に思う心はあるのに、“彼”に「会いたい」という想いが沸き出てくるのが抑えられない。
「どうして、会いたいのか、わからないんだよ……。お前、わかるか?」
無駄だとわかっているのに、思わず尋ねてしまう。小鳥はじぃ、と青年を見ているだけだった。
「そうだよな」
たとえ目の前にいるのが小鳥ではなくて人間だったとしても、返答に困っただろう。
自分ですら、何故“彼”に会いたいと思うのか、全くわからないのだから。
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