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「全ては悪い夢でした。
目を覚ましたら、隣で愛している人が笑ってくれていました」


 何処かで聞いた御伽噺のようにそう言えたなら、どれほど幸せなのだろう?

 きっと、ほんの一瞬でもそう思ってしまったことが、全ての始まり。

 そんな結末が来ないことは、知っていたのに。

 顔も声も失われた先には何が待っている?





























青年編(5)
  



 ずっと、ずっと、待ち続けた。
 会いたい、という想いだけが、わけもわからないのに膨らみ続けた。
 バチン、ト音ヲ立テテ弾ケルマデ、後何日?

    *

 まばゆいほどの月明かりが、屋敷のロビーを照らしている。風の音一つしない夜に、青年はロビーの中央で微笑んでいた。

「……また会えて、嬉しいよ」

 青年は、目の前にいる“彼”に向かって言った。“彼”が小首を傾げたのがわかる。けれど、青年の言葉をどう受け取っているのか、読み取ることは出来ない。
 どうしてこんなに長い間会いに来てくれなかったのか、とほんの少し前まで“彼”を罵りたいとさえ思っていたというのに、青年は既に、そんなことは忘れていた。

 また、会えた。それだけで十分だった。
 それだけで、会えなかった時間の長さなど、どうでもよくなってしまう。大事なのは、今目の前に“彼”がいるという、それだけ。涙が流せたなら、とっくに大粒の嬉し涙を流していたかもしれない。

 “彼”がゆっくりと歩き出したので、青年もその後を歩く。
 一緒にいられたからと言って、何か出来るわけではないけれど、こうして共にいるのだとわかるだけで、良かった。

「今開ける」

 二階の個室の前で立ち止まった“彼”にそう告げて、青年はドアを開けた。
 掃除をする気力がなくてずっと客間で寝起きしていたが、さすがにベッドを使いたくなって、最近ようやく寝室用に掃除した部屋だ。
 入るようにと「彼」を手招きして、“彼”が部屋に入ってから、自分も部屋に入った。
 もちろん、明かりはつけない。

「……最近、何故だか身体が重いんだ。悪いが、横になってる」

 “彼”が頷く気配を感じながら、青年はベッドで横になった。
 身体が、重い。“彼”の前で情けないけれど、実は、立っているのもやっとだったのだ。
 そんな青年を、“彼”はベッドの傍で微動だにすることなく見おろしているようだった。  青年もまた、“彼”を静かに、穏やかな表情で見上げる。
 こうして、見えない“彼”の姿を見ているだけで、落ち着く。会えない時間は本当に長かったけれど、待っていてよかったと、独りきりの夜も、この瞬間の為にあったのだと、心の底から思う。

「……一緒に、寝ないか?」
 
 青年は、軽くベッドを叩いてから、“彼”に手を伸ばした。
 その手は、ぎりぎりで“彼”には届かない。“彼”は、青年に手を伸ばす代わりに、一歩分だけ、ベッドから離れたようだった。

「……そうか」

 予想していた反応だったけれど、青年は落胆して、伸ばした手をベッドへと力なく沈める。

「お前が一緒に眠ってくれたら、いい夢が見られると思ったんだけどな」

 そして、朝になってもお前がいなくならないように、捕まえておくことも出来るのに、と心の中でそっと囁く。

「なぁ、お前は、誰なんだ……?」

 青年は請うように、“彼”に問う。
 
 どうしていつも、会いたいと思うのか、わからない。
 それでも、“彼”と会えない時は会いたいという想いだけが湧き上がってきて、どうしようもなくなる。
 そして会っている時は、ただ、幸せとしか感じられなくなる。

 一体、“彼”は何者なのだろう?

 彼は、口を開くことなく、青年の頭の中に音のない言葉を送り込んできた。

 『夢ハ、誰カカラ魅セラレル物デハナクテ、
 自分デ、魅続ケルモノ』


 謎かけのようなその言葉に、やはり声はなかった。
 それは頭の中に直接流れ込んでくる文字列でしかなかった。

「お前の声が、聞きたいよ」

 一言でもいいから、声が聞きたい。
 いや、本当は、一言なんて言わずに、“彼”の声を耳へと誘いながら、言葉を沢山交わしたい。

 そして出来れば、伸ばした手を取ってほしい。

 会えない時は、「一目会えるだけいい」と思うのに、いざ会えてしまえば、何故こうやって次々に新たなものを欲してしまうのだろう。
 会えるだけで幸せだと満足出来てしまえば、この瞬間に寂しさを感じることなどないのに。
 つい先ほどまで、“そばにいられれば、ただ幸せだ”と思っていたというのに。

 声が聞きたいだとか、
 言葉を交わしたいとか、
 触れたいだとか、

 そんなことを願いさえしなければ。
 また会えたことだけを、幸せだと感じられれば、こんなにも胸の奥を鈍い痛みが走ることなどなかっただろうに。

「……悪いな。我侭ばかり言って。けど、さ……」

 次第に重さを増す目蓋に抵抗しながら、青年はひたすら、“彼”の姿を目に捉え続けた。

「もう、独り寝は、嫌なんだよ……」

 やがて、強烈な睡魔に負けてしまうまで。

  *

 人ノ記憶ガ儚イトイウノナラ、ドウカ、
 残サレタ俺ノ記憶ヲ喰ライ尽クシテオクレ

  *

 まるで、タイムスリップしたかのようだった。
 つい先程まで自分の周りは闇が横たわっていて、自分の目には愛しい“彼”の姿だけが、見えなくても目に映っていた筈なのに、ほんの一瞬目を閉じたら、窓の外では光が満ち溢れていた。

 青年は、呆然として、何も考えられず、酷過ぎる頭痛で感覚が麻痺して少しも痛みも感じていなかった。

 何故、こんなにも早く朝が来てしまったのだろう。
 何故、目を閉じてしまったのだろう。
 一体今までなんの為に、太陽のでる間に寝て、夜に起きていたのだろう?
 ただ、“彼”に会いたいという、それだけの為に生きているのに、あんなに短い時間しか傍にいられなかったなんて。

 次は、一体いつ会えるのだろう? 
 
 “彼”の姿を視界から失うたびに、青年の魂は気づかないうちに荒廃していた。青年は気づいていなかったけれど、“彼”と会い、そして別れるたびに、青年の瞳から生気が失われていた。

 青年が頭を抱えていると、いつも日中になるとやってきて青年の眠りを妨げていた小鳥が、今日も窓辺にやってきて、チュンチュンと鳴いていていた。
 小鳥の声と共にガンガンと頭を叩かれるように、麻痺した感覚の更に上を行く鋭い痛みに襲われる。
 いつもなら窓を開けてやったのだけれど、青年は小鳥の声に憎しみしか覚えられなかった。

 うるさい。

 うるさいうるさいうるさいうるさい。
 うるさいうるさいうるさいうるさい。
 
 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい  うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい   うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい ズット  うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい   うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいう   るさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい   うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい   うるさいうるさいうるさいうるさい   うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいう   るさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい   うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい   うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい   うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい   うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい  うるさいうるさいうるさいうるさいうる  さいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい


「黙れっ!!」
 


 無意識の更に下にある感情を知らないうちに爆発させて、窓に向かって青年が怒鳴ると、小鳥は鳴くのをやめ、何処かに飛び立っていった。
 しばらく、青年は肩で荒い息をしてから、

「何をやってるんだ。俺は……」

 何の罪もない小鳥に怒鳴ってしまったことに、青年は自己嫌悪を覚えた。
 自分に毎日会いにきてくれていた唯一の生き物を、青年は追い払ってしまったのだ。



 その翌日。青年はずっと待っていたけれど、小鳥はやってこなかった。




続きます。
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